宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 9, 2018
一般演題
3. 睡眠導入剤がヒトの脳循環動態に及ぼす影響
田子 智晴1， 小川洋二郎1， 小西 透1,2， 加藤 智一1， 倉住 拓弥1， 柳田 亮1， 岩﨑 賢一1
1日本大学医学部社会医学系衛生学分野
2防衛省航空自衛隊航空医学実験隊
The effects of sleep promoting medications on cerebral circulation
Chiharu Takko1, Yojiro Ogawa1, Toru Konishi1,2, Tomokazu Kato1, Takuya Kurazumi1, Ryo Yanagida1, Ken-ichi Iwasaki1
1Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force, Ministry of Defense
【背景および目的】 国際宇宙ステーション（ISS）に代表されるような閉鎖環境施設での長期滞在では，概日リズムに影響が生じ，睡眠障害をきたすことが多く，ISSに滞在した宇宙飛行士の70%以上で睡眠導入剤を服用したことがあると報告されている。宇宙飛行士においては，睡眠導入剤を服用するにあたり，緊急事態が生じた際にも対応できるよう，睡眠の質が良く，脳循環動態への影響が少ないことが望ましいと考えられる。
現在，一般臨床の場において用いられている睡眠導入剤の中で，オレキシン受容体拮抗薬は，生理的な睡眠を誘導し，認知，記憶，運動系などに対する副作用が少ないため，将来，宇宙に滞在する時の使用が期待されている。しかし，オレキシン受容体拮抗薬の脳循環動態への影響を調べた研究は少なく，従来から患者に広く用いられている睡眠導入剤との違いは分かっていない。そこで本研究では，睡眠導入機序の異なる2種類の睡眠導入剤が脳循環を維持する調節機能に与える影響の違いを評価することを目的に実験を行った。
【方法】 健康成人男性15名を対象とし，オレキシン受容体拮抗薬のsuvorexant 20mg及び，従来から患者に広く用いられているベンゾジアゼピン系睡眠導入剤のbrotizolam 0.25>mgを無作為・二重盲検・交差試験にて投与した。仰臥位の被験者に，心電図，非観血的連続血圧計，経頭蓋ドプラ血流計，動脈血酸素飽和度計，呼気炭酸ガスモニタを装着し，15分以上の安静後に，薬剤服用前のデータ測定を6分間行った。21時にsuvorexantまたはbrotizolamのどちらかを少量の水で服用させ，就寝とした。最高血中濃度となる服用から1時間半後の22時30分に服用後のデータ測定を6分間行った。
脳循環動態の評価のため，薬剤投与前後の各6分間の測定データから，平均血圧及び脳血流速度の区間平均値を求めた。さらに，脳血流自動調節能の評価のため，一心拍毎の平均血圧と脳血流速度の自発変動に周波数解析及び伝達関数解析を施し，血圧変動から脳血流変動への伝達割合 Gain（cm/s/mmHg）を求めた。Gainは血圧変動が脳血流変動にどの程度伝わっているかを意味し，その値が小さくなった場合，調節機能は増強されたと解釈できる。
【結果】 平均血圧は薬剤服用前後を比較して，両薬剤共に有意な変化を示さなかった。脳血流速度は，服用後，両薬剤共に有意な低下を示した。この低下の程度に薬剤間で差はなかった。Gainは，服用後，両薬剤共に有意な低下を示し，この変化の程度についても薬剤間に差はなかった。
【考察】 脳血流量は，血圧により影響を受ける場合と，脳の代謝により影響を受ける場合がある。本研究結果では，平均血圧が変化していないことから，睡眠により脳の代謝が低下したことでそれに相応して脳血流量（速度）が低下したと考えられた。さらに，Gainは，両薬剤服用後に有意な低下を示したことから，血圧変動に対する脳血流自動調節能の増強が示唆された。また，両薬剤服用後の脳血流速度及びGainの変化において，薬剤間に有意差は認められなかったことから，睡眠導入機序が異なるにも関わらず両薬剤において脳循環動態に与える影響に大きな差はないと考えられた。
＊本研究はJSPS科研費 JP15H05939の助成を受けたものです。