宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 8, 2018

一般演題

2. 微小重力環境に於ける診断学,起坐呼吸について その2

吉田 泰行1, 中田 瑛浩2, 井出 里香3, 山川 博毅4, 長谷川慶華5

1威風会栗山中央病院 耳鼻咽喉科
2威風会栗山中央病院 泌尿器科
3東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
4JCHO埼玉メディカルセンター 耳鼻咽喉科
5はせがわ内科クリニック

Diagnostics of microgravity environment, on orthopnea part 2

Yasuyuki Yoshida1, Teruhiro Nakada2, Rika Ide3, Hiroki Yamakawa4, Keika Hasegawa5

1Department of Otorhinopharyngolaryngology, Kuriyama Central Hospital
2Department of Urology, Kuriyama Central Hospital
3Department of Otorhinopharyngolaryngology, Metropolitan Ohtsuka Hospital
4Department of Otorhinopharyngolaryngology, JCHO Saitama Medical Center
5Hasegawa Internal Medicine Clinic

 地球上の生物は誕生してから比の方1Gの重力加速度の下発展して来た為,生物の仕組みは1G環境を当然の事として受け入れ体の仕組みを作って来た。従って1G加速度でない環境では如何にして生命の仕組みが働くかは分かっていない事が多いが,既に人間が宇宙へ行く時代でもあり,生命の仕組みをこの点から探ってみる事にしたい。
 演者は高気圧酸素治療の立場から動物の呼吸に関心を持ち両棲類から哺乳類・鳥類迄の脊椎動物の呼吸の進化について文献的に考察し,特に人類を含め哺乳類のピストン式呼吸と鳥類の効率のよい一方向性気嚢式呼吸についてその死腔の有無と呼吸効率の検討を登山医学会等にて発表してきた。また同じ哺乳類でも,首の長いキリンと首の短い人類の呼吸と循環の違いを検討して体力医学会等にて発表して来た。此処で振り返って人類が微小重力環境に晒された時の病態生理について臨床の立場から考察を巡らしたい。
 通常人類は臥位の方が起坐位・立位より筋肉の働きが少なく楽である。しかし呼吸・循環面に問題が有ると臥位より起坐位の方が呼吸が楽となる事が有り,此れを起坐呼吸と言う。此れは肺の自重自壊の他,体位による静脈帰還量の変化としても説明でき, 疾患としては喘息等の閉塞性障害及び拘束性障害が考えられる一方肺循環不全を伴う右心不全のみならず静脈帰還量を処理できない左心不全でも起こり得る。すなわち循環面での病態は臥位では立位・起坐位より静脈帰還量が増加し肺血流量も増加し肺鬱血の結果呼吸困難を来す。呼吸面の病態は肺自体の自壊であり,肺の自壊は水平断面積と関わるので臥位の方が立位・起坐位より自壊作用が広くなりやはり呼吸困難をきたす。
 それでは微小重力環境での呼吸はどの様なものであろうか。まず重力による体液シフトが有り,微小重力暴露直後は胸部を中心として水分が集まり肺は幾分鬱血状態となる。此れは微小重力暴露後だれにでも起こる事であり直ちに呼吸異常を起こすものではないが誰でも幾分かは呼吸困難準備状態であるとは言えると考えられる。しかし重力による血液の位置エネルギーは存在せず,其の為下肢に鬱血が起こりやすいとも言えない。また重力による自重自壊作用は存在せず,所謂起坐呼吸と言える様な呼吸困難状態は起こらないだろうと推測できる。しかし別の意味で微小重力環境により胸部への体液集約が起こり,これが何らかの呼吸困難を引き起こす事は否めない。そこで何らかの形で呼吸困難が生起した場合如何に処すべきであろうか。 循環器に起因する・呼吸器に起因するは問わず呼吸困難が生起したら薬物療法は必要であろう。問題はその先で,地球への帰還はすぐに思いつくし考慮すべき点である。比の時地球への帰還に向けて減速という陰性加速度をかけなければならずまた地球へ帰還した直後はスーパーノーマルの宇宙飛行士で有っても暫くは起立歩行できないと言う事実が有り,呼吸困難が起きたら直ぐに地球帰還とは行かず慎重な寿慮を要する点で有る。更には此れから起こるであろう宇宙飛行の民営化,宇宙へ行く人のスーパーノーマルの選抜ではない大衆化等を考えて検討しなければならないと思われる。