宇宙航空環境医学 Vol. 55, No. 1-4, 7, 2018

一般演題

1. 日本南極地域観測隊における越冬期間中の傷病統計

池田 篤史1, 大野義一朗2,3, 大谷 眞二4, 渡邉研太郎3, 伊村  智3,5

1筑波大学附属病院 腎泌尿器外科
2東葛病院 外科
3国立極地研究所
4鳥取大学 国際乾燥地研究教育機構
5総合研究大学院大学

Disease and Injury statistics of Japanese Antarctic Research Expeditions

Atsushi Ikeda1, Giichiro Ohno2,3, Shinji Otani4, Kentaro Watanabe3, Satoshi Imura3,5

1Department of Urology, University of Tsukuba Hospital
2Department of Surgery, Tokatsu Hospital
3National Institute of Polar Research
4International Platform for Dryland Research and Education, Tottori University
5SOKENDAI( The Graduate University for Advanced Studies)

【背景】 1956年より始まった日本の南極地域観測活動は,現在60次(2018年11月〜)を数え,越冬した日本南極地域観測隊隊員は,のべ1,800人を超えている。南極での医学医療研究を進めるにあたり,越冬中の疾病動向を把握することは欠かせない。昭和基地における医療の特徴は,越冬隊員が出発前に健康判定委員会で審査されており,基本的に健康であるため,疾病の罹患率は高くないが,全て疾病が発生しうる。医療隊員は1〜2名(専門の診療科は隊によって異なる)であり,全身麻酔が可能な設備はあるが,越冬期間中の外部からの物資補充や緊急搬出は不可能である。本邦においては,大野らによって,第1〜39次隊の傷病統計が総数4,233例で報告され,その後も単年度毎の報告がなされている。今回,第40〜56次隊の傷病の集計を行い,先の報告と傷病の分類方法を統合することでデータの更新を行った。
【対象と方法】 第1〜39次隊の隊員のべ1,156名(女性2名),第40〜56次隊のべ578名(女性27名)の計1,734名を解析対象とした。1999年2月から2016年1月までの期間に活動した第40〜56次隊の各隊が作成した越冬報告の医療記録をもとに集計を行った。第1〜39次隊のデータは,2000年報告の著者である大野より解析用データの提供を受けた。なお,越冬していない第2次隊と第6次隊,傷病数の記載がない1次隊と24次隊は除外した。傷病名による診療科の分類方法は,各隊によって異なっていたため,大野の分類に準拠して統一を行った。
【結果】 越冬隊員の平均年齢は徐々に上昇しており,全期間において34.1歳であったが,第38次隊以降は35歳代後半で推移していた。傷病総数は6,837例で1人当たりの傷病数は4.0件/年であった。重症例として,ブリザードによる遭難死1名が見られたが,傷病に起因する死亡例はなかった。手術は,腰椎麻酔による虫垂切除術が2例施行されていた。緊急搬出は4件行われたが,いずれも夏期であった。傷病の診療科別割合は,外科・整形外科45.3%,内科21.7%,歯科11.6%,皮膚科8.4%,眼科5.8%,耳鼻科5.3%,精神科1.6%,泌尿器科0.4%であり,歴代の隊の年次別でもこの診療科別の割合に大きな変動はみられなかった。また,越冬開始2月から翌年1月までの12か月における疾病発生の時期的な変化を月別診療科別の傷病数から解析したところ,時期により発生が増減する疾患とほぼ一定の疾患が見られた。これまで,観測船「しらせ」が入港すると越冬隊員に感冒症状が流行することが「しらせ風邪」として知られていたが,傷病統計上も存在を確認された。また,日光皮膚炎や雪目などの紫外線障害関連疾患は,オゾンホールが出現した第33次隊以降(1990年)で増加していた。
【結論】 越冬隊員の高齢化が進む中,治療だけでなく,いかに傷病発生を予防していくかが課題と考えられる。第47次隊より昭和基地と日本の間で人工衛星による遠隔医療システムが導入され,必要に応じた専門医へのコンサルテーションが可能となっている。これらの更なる利用は,医療隊員の専門分野にとらわれない医療の質の確保や予防医学の推進に有用と考えられる。本研究は,今後の医療施設の整備や隊員の選抜における身体検査の内容,派遣医師の出発前研修,現場での予防衛生,医学研究テーマなどの資料となることが期待される。