宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 99, 2017

宇宙航空 若手の会

2. 宇宙環境における超小型簡易吸入麻酔器(嗅ぎ注射器)の有用性の検討

石北 直之1,2,Carlos Salicrup3,4

1国立病院機構渋川医療センター 小児科
2STONY
3Mission Doctor, Mars Analog, SGAC, Washington, DC, USA
4Boeing 787 pilot, Aeromexico, Mexico City, MEXICO

Ultra-Compact Anesthesia Inhalation Aid Device (Vapoject) For Zero Gravity And Multigravitational Environments

Naoyuki Ishikita1,2, Carlos Salicrup3,4

1Chief Pediatrician of Shibukawa Medical Center, National Hospital Organization, Shibukawa, Gunma
2President of STONY, 3910-9 Mikage, Shibukawa, Gunma, 3770008
3Mission Doctor, Mars Analog, SGAC, Washington, DC, USA
4Boeing 787 pilot, Aeromexico, Mexico City, MEXICO

【背景】 宇宙には未だ麻酔器がない。これからの長期有人宇宙ミッションや,民間宇宙旅行を見据えれば,簡単に扱えてコンパクトな麻酔器の開発は最重要課題である。最も快適で安全,薬のリサイクルも可能な「吸入麻酔法」は,装置が巨大で,宇宙船に搭載できなかったため,麻酔器の主要機能はそのままに超小型軽量化する必要があった。バッグバルブマスク(BVM)のシリコンバッグ内に注射器で吸入麻酔液を噴射すると,瞬時に麻酔ガスを作り出せることを見出し,3Dプリント可能な超小型簡易吸入麻酔器(嗅ぎ注射器)が完成した。
 【目的】 無重力環境下における嗅ぎ注射器の有用性を確認する。
 【方法】 嗅ぎ注射器に備わる ① 麻酔薬気化機構,② ガス回収機構,③ 空気圧駆動人工呼吸器の各種性能を,パラボリックフライトまたは−1 G環境下においてFlowAnalyser (PF-300, OR-703:フクダ電子)を用いて記録した。余剰麻酔ガスの検知には,余剰ガス監視バッヂ(VetEquip, USA)を用いた。地上および国際宇宙ステーション内の3Dプリンターを用いて作成した空気圧駆動人工呼吸器のサンプルは,群馬産業技術センターの協力で,精密計測機器を用いたサイズ及び成分の比較解析を行った。
 【結果】 3Dプリントの嗅ぎ注射器は手のひらサイズで55 gであった。器材のセットアップは,作業台に置いた嗅ぎ注射器に薬液を詰めたシリンジ,BVM,活性炭フィルターを接続出来た時点で完了とし,平均15秒を要した。嗅ぎ注射器からイソフルランまたはセボフルラン5 ccをシリコンバッグ内に噴霧すると,10秒以内に就眠濃度に達した。呼気弁に接続した活性炭フィルターによりガスは回収され,空気汚染は安全基準範囲内であった。圧力調節弁は,−1 G,高温多湿環境下においても,空気圧を動力に1ヶ月間相当の自動開閉を繰り返した。開弁圧は45〜7 cmH2Oに無段階調節可能で,閉弁圧は6.5 cmH2Oであった。3Dプリントは,地上モデルに比べて微小重力の国際宇宙ステーションモデルの方が縦方向に0.2 mm,横方向に0.045 mm小さい結果となっていた。赤外分光分析の結果,両者に成分の違いは認められなかった。
 【考察】 船内の空気汚染は,マスク導入後速やかにラリンゲルマスクを挿管すれば減少出来る。物資が極限に乏しい宇宙ミッションでは,呼気麻酔ガスをフィルター除去するよりも,リサイクルする方が重要であり,今後麻酔ガスリサイクルシステムを開発する必要がある。微小重力下で3Dプリントをしても誤差はごく僅かであり,さらに接続部をテーパー形状にしているため,実使用には全く影響無いと言える。
 【結論】 嗅ぎ注射器は,宇宙船に搭載することが可能である。動力に電気を必要としないので,コストやスペースの面で吸入麻酔器を導入できなかった小規模な病院,民間航空機や船,へき地や途上国での利用,さらに,大規模災害時などにも役立つだろう。また,3Dプリンターによる電送技術も確立しているため,地球からどんなに離れた所でも,命を救うことが出来る可能性がある点においても大きな意義があると言える。
 ※2017年12月13日-31日に行われる,火星模擬探査実験(MDRS, Crew 185)に,3Dプリント嗅ぎ注射器(プロジェクト名:3D VapoJET)が採用されており,研究の成果は2018年のAsMAにて発表される予定である。