宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 98, 2017

宇宙航空 若手の会

1. 微小重力環境によるラットの行動・動作の変化を遠心重力を用いて抑制する

太治野 純一

京都大学大学院医学研究科,オハイオ州立大学ウェクスナー医療センター

Artificial Gravity as a Countermeasure to Motion/Behavior Deficits in Rats Under simulated Microgravity

Junichi Tajino

Graduate School of Medicine Kyoto University, Wexner Medical Center Ohio State University

微小重力環境に対する対策は,筋骨格系への影響に関するものを中心に古くから研究されてきたが,近年では運動器の量的側面のみならず機能の質的な側面に注目する必要性が認識されつつある。そこで本講では尾部懸垂による微小重力環境と遠心重力介入がラットの歩行動作,活動量変動,および学習行動に与える影響を検証した。
 Wistar系雄性ラットを尾部懸垂による微小重力群と1日1時間の免荷解除もしくは遠心重力機による種々の強度・持続時間の荷重介入を実施する群にグループ分けし,各群に対して歩行動作解析・身体活動量記録・および学習行動評価を実施した。その結果歩容に関しては微小重力群において立脚相で両後肢を伸展する伸展歩行が認められ,身体活動については休息期の活動量増加および昼夜のリズム切り替えに不鮮明化が認められた。これらの異常は1日1時間の免荷解除では十分に改善せず,通常重力の2倍の介入(2 G)もしくは80分間の1.5 G介入によって改善傾向が認められた。学習行動/学習能力は現在観測途上ではあるが,これらについても,1.5 G介入群において探索行動および海馬の新生神経細胞数に増加が認められた。
 これらの結果から,遠心重力機による疑似重力介入は筋骨格系だけでなく,動作や行動,諸機能の変化を抑制するための有効策となりうることが示唆された。しかし介入強度が2.5 G以上では改善効果がかえって減少することから,その効果には一定の至適範囲があることが推察された。また発表者の出身領域であるリハビリテーションの観点からも,器質的改善だけでない機能的改善の重要性および適刺激を提供することの重要性が示唆された。
 微小重力環境がもたらす筋骨格系の機能変化や,これらを遠心重力によって抑制する試みは多くみられるが,行動・動作の機能的側面に着目したものは未だ少数である。本講では,後肢懸垂によって疑似微小重力環境に置かれたラットの行動や歩行動作の変化に対して遠心重力による荷重介入を実施し,得られた知見を検証するとともに,筆者の出身領域であるリハビリテーションの視点から若干の考察を加えて紹介する。