宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 90, 2017
一般演題 B
8. 「頭部方向体液シフト」と「高二酸化炭素血症」が頭蓋内圧に与える影響
倉住 拓弥1,2，小川 洋二郎1，柳田 亮1，小西 透1,3，加藤 智一1，田子 智晴1，岩﨑 賢一1
1日本大学医学部社会医学系衛生学分野
2慶應義塾大学医学部麻酔学教室
3航空自衛隊航空医学実験隊
The effect of cephalad fluid shift and hypercapnia on intracranial pressure
S Takuya Kurazumi1,2, Yojiro Ogawa1, Ryo Yanagida1, Toru Konishi1,3, Tomokazu Kato1, Chiharu Takko1, Ken-ichi Iwasaki1
1Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2Department of Anesthesiology, Keio University School of Medicine
3Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force
【背景】 微小重力環境による「頭部方向体液シフト」と「二酸化炭素（CO2）曝露」は，頭蓋内圧に影響する可能性がある。両因子の頭蓋内圧に与える影響は不明な点が多く，とくに両因子の組合せによる効果を検討した研究は少ない。そこで「頭部方向体液シフト（10度ヘッドダウンティルト:HDT）」と「高二酸化炭素血症（3%CO2曝露）」が頭蓋内圧に与える影響を検討した。
【方法】 成人男性15名を対象とし，10分間の負荷前データ（水平仰臥位）を測定後，吸入ガス（プラセボ＝空気，もしくは3%CO2）と体位（水平仰臥位，もしくは10度HDT）を組合せた全4種類（① プラセボ／仰臥位，② CO2／仰臥位，③ プラセボ／HDT，④ CO2／HDT）の負荷を，無作為に10分間施行した。連続血圧計による橈骨動脈圧波形と経頭蓋ドプラによる中大脳動脈血流速度波形を記録し，頭蓋内構成モデルを応用したシステム解析法を用いて，非侵襲的に頭蓋内圧（nICP）を推定した。各プロトコールの負荷前及び負荷時の後半6分間のnICPを平均し，二元配置分散分析で統計解析し，SNK法で多重比較した。
【結果】 各プロトコールの負荷前と負荷中のnICPの比較では，③ プラセボ／HDTと ④ CO2／HDTで負荷前と比べ有意に上昇した（③ プラセボ／HDT: 6.7±3.0→
8.6±3.5 mmHg, mean±SD, p=0.002;④CO2／HDT: 8.1±3.2→10.0±2.2 mmHg, p=0.001）。プロトコール間の負荷中のnICPの比較では，④ CO2／HDT（10.0±
2.2 mmHg）が ① プラセボ／仰臥位（7.5±2.2 mmHg, p=0.019）と ②CO2／仰臥位（6.7±1.9 mmHg, p=0.003）に対し有意に高値を示したが，③ プラセボ／HDT（8.6±
3.5 mHg, p=0.117）との間には有意差を認めなかった。
【考察】 本研究の結果から，HDTを用いた「頭部方向体液シフト」により頭蓋内圧が上昇することが示された。しかしながら，その際の「高二酸化炭素血症」は頭蓋内圧上昇に対して付加効果を示さなかった。つまり，微小重力環境で頭蓋内圧に影響すると考えられる因子のうち，「頭部方向体液シフト」が頭蓋内圧の上昇に強く影響すると考えられた。これまで，6～10度HDTを用いた研究では，侵襲的測定法により頭蓋内圧の上昇が報告されており（Petersen et al. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2016, Lawley et al. J Physiol 2017），本研究も同様の結果であった。また，「頭部方向体液シフト」と「高二酸化炭素血症」の組合せによる頭蓋内圧への効果を検討するために，12度HDTと1%CO2曝露を用いた研究では，CO2の付加効果は認めていない（Marshall-Goebel et al. Aerosp Med Hum Perform 2017）。本研究の結果と統合的に考察すると，3%程度までのCO2曝露は，頭蓋内圧上昇に対して付加効果を示さないと考えられた。一方，脳循環調節機能については，10度HDTと3%CO2の組合せにより減弱することを我々は既に報告している（Kurazumi et al. Aerosp Med Hum Perform 2017）。つまり，「頭部方向体液シフト」の状態において，CO2の頭蓋内圧と脳循環調節機能への影響は異なることが示唆され，CO2の許容濃度について更なる検討が必要と考えられた。
【結語】 「頭部方向体液シフト」により頭蓋内圧は上昇し，その際「高二酸化炭素血症」による付加効果は認められなかった。本研究はJSPS科研費JP15H05939で行われた。