宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 88, 2017

一般演題 A

6. 閉鎖環境滞在による精神心理的ストレスが唾液・皮膚炎症因子・表情に及ぼす影響

土師 信一郎1,合津 陽子1,細井 純一1,江川 麻里子1,小野寺 智子1,井上 夏彦2,古川 聡2,鈴木 豪2

1資生堂グローバルイノベーションセンター
2宇宙航空研究開発機構

Use of salivary, skin and facial image parameters to detect the psychological stress in confined environment

Shinichiro Haze1, Yoko Gozu1, Jyunichi Hosoi1, Mariko Egawa1, Tomoko Onodera1, Natsuhiko Inoue2, Satoshi Furukawa2, Go Suzuki2

1Shiseido Global Innovation Center
2Japan Aerospace Exploration Agency

【背景】 精神心理的ストレス兆候をいち早く見出し,対策を講じることは非常に重要である。急性ストレスについては,HPA系を介したコルチゾール応答により,ストレス応答を精度よく検出することができる。一方,長期慢性ストレスについては,簡便で鋭敏な検出方法がないのが現状である。宇宙滞在の長期化が現実となっている現在,長期の精神心理的ストレスを検出する方法の提案は急務である。
 【目的】 宇宙航空研究開発機構(JAXA)監修の閉鎖環境精神ストレス試験とのサンプルシェアにて,長期ストレス兆候の簡便かつ有人宇宙探索において実用可能なストレスバイオマーカーの提案を目的とした。
 【方法】 試験はJAXA筑波宇宙センター閉鎖環境適応訓練設備にて,2016年2月,9月,2017年2月に,各回閉鎖環境設備滞在14日間をストレス期間とし,閉鎖1週間前及び1日前を平常時,閉鎖1日後及び1週間後を回復期とし,20代〜50代日本人(総数男性19名女性4名)を対象に,各種測定を実施した。唾液は,起床直後,午前10時,午後4時,就寝直前の1日4回,流涎唾液を採集し,コルチゾール分析(Cortisol EIA Kit, Salimetrics)及び脳由来神経調節因子(BDNF)分析(BDNF EIA Kit, Biosensis)に供した。皮膚角層はテープにて,頬,前腕内側より採取し,抽出した角層タンパクをIL-1β分析(IL-1β EIA Kit, R&D systems)に供し,総タンパク量にて補正した。表情は,笑顔時の口角目尻線と左右目中点を結ぶ線の狭角左右差を,表情の歪みとして解析した。統計解析は多重比較検定(Tukey-Kramer)を実施した。
 【結果】 コルチゾールは,閉鎖1日目に環境変化による急性ストレス応答と考えられる昼夕値上昇が見られた。閉鎖3日目以降は起床時値の上昇を認め,閉鎖後半には夕値が上昇し,日内変動に明らかな変化を認めたが,閉鎖1日後には閉鎖前平常値へと速やかに回復した。BDNFは,朝夕値測定の結果,朝値の低下を認めた。皮膚角層タンパクは,閉鎖後半に炎症性因子IL-1β値の上昇を認め,閉鎖1週間後にも上昇は継続し,前腕に比較して頬にて顕著であった。表情については,閉鎖後半に左右差が大きくなり,表情の歪みが顕著であった。閉鎖後には表情の歪みは解消した。
 【考察】 コルチゾールは,日内変動に着目することで,長期ストレスを検出する鋭敏な指標になると考えられた。一方,ストレスにより産生する皮膚炎症因子は,皮膚中にしばらく残存することから,過去のストレスを検出することが可能である。さらに表情については,笑顔時左右歪みによりストレスを検出することができ,また画像解析により検出可能であることから,遠隔からのストレス検出を可能にする新たな指標として注目される。