宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 81, 2017

シンポジウム 6

「内耳・前庭・平衡」

9. 宇宙飛行士の健康管理と前庭機能

島田 和人

宇宙航空研究開発機構 航空宇宙医師

Space Medical Operations and Astronaut Vestibular Function

Kazuhito Shimada

Flight Surgeon, JAXA Medical Operations

ソ連の単座宇宙機で前庭症状が「宇宙酔い」の形で運用上の現実の問題として認識された。以来,微小重力下での前庭生理解明に多数の碩学が関心を寄せてきたにもかかわらず,未だその根本については教科書的な記述を得ていない。宇宙酔い解明のため日本人研究者が先端を走ってリス猿の飛行機実験が行われ,スペースシャトルに大型の回転椅子を搭載する大規模実験も日本人研究者が参加して実施されたが意外な結果を得たまま継続実験は行われ得ないままである。国際宇宙ステーションが有人飛行の中心となり,およそ軌道投入後数日間の問題である宇宙酔いへの関心は運用の場では低くなっているが,弾道飛行での宇宙観光者が増加すれば問題として再認識されるであろう。
 前庭症状に対してミッションの医学支援としては選抜・訓練での対応がまず考えられたが生理学的根拠が得られていない。ロシアでは打ち上げ前に回転椅子で頭部を振ることが推奨されている。軌道上ではスペースシャトルで麻酔の心得のある医師飛行士がプロメタジン筋注で良い結果を得たため使い続けられているが(FDA が局所副作用を強調した後に使用は減少),その作用機序は明快ではない。
 医学運用では地球帰還時の激しい前庭症状が緊急脱出を妨げるため大きな問題である。前庭機能(つまり筋の制御能力)に加えて筋力低下,起立性低血圧の要素があるため対処は容易でない。従来の足圧中心による評価に加え,全身的脱出能力がどの程度あるのかについて functional testと称して運動機能の測定が実施されているところである。近年血圧の制御における前庭の役割の解明が進展し,また電流による前庭刺激が精密に実施できるようになってきたことは新機軸として大いに期待したい。