宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 80, 2017

シンポジウム 6

「内耳・前庭・平衡」

8. 宇宙医学における前庭平衡科学:グラビティ・バランスの進歩

野村 泰之1,岸野 明洋1,河野 航2

1日本大学医学部 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野
2日本大学医学部附属板橋病院 臨床研修センター

The Vestibular and Equilibrium Science of Space Medicine: The Progress of Gravity Balance

Yasuyuki Nomura1, Akihiro Kishino1, Wataru Kono2

1Nihon University School of Medicine, Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery
2Nihon University School of Medicine, Itabashi Hospital Clinical Training Center

ヒトのバランス平衡感覚は内耳から中枢,そして全身にいたるシナジー・システムによって保たれている。特に内耳前庭は重力や体動加速度の入力センサーとして重要である。三半規管・耳石器といった内耳器官からの入力情報は前庭神経核を経て中枢へ送られ,さらに全身の体性感覚入力,視覚入力と統合して認識され,合目的にバランス感覚,運動系へ出力される。
 有史以来,ヒトの重力感覚やバランス感覚は地球上の1 G環境で培われてきた。しかし近年,微小重力などの異重力環境に曝される時代が到来して多くの新事実が明らかになってきた。20世紀初頭にノーベル医学生理学賞を受賞したバラニー博士の三半規管におけるリンパ対流説は,後年の微小重力下スペースシャトル実験によってくつがえされた。また初回宇宙飛行士に多くみられる宇宙酔いなど,異重力環境がもたらすグラビティ・バランスにはまだまだ未解決な課題が多い。今後,増加する商業宇宙飛行や月・火星など低重力環境での長期活動業務への展望もみすえて解明していかねばならない分野である。
 これら医学的課題も含めて,内耳前庭機能に異重力環境がもたらす変化や,演者がJAXA筑波宇宙センターでおこなってきた地上実験,航空機を用いたパラボリックフライト実験,またNASAジョンソン宇宙センターでたずさわってきたアメリカ・ロシアなどの宇宙飛行士に対する前庭平衡系の実験研究を通して,宇宙航空環境医学における前庭平衡系の探求への面白さを紹介した。項目は下記の如くであった。
 1) 学生時代から宇宙航空に親しみましょうという話
 2) 三半規管の話:スぺースシャトルがノーベル賞をくつがえした話
 3) 耳石器の話:JAXA筑波宇宙センターの地上実験
 4) 月・火星重力の話:航空機パラボリック実験
 5) 姿勢歩行制御の話:NASAの各国飛行士実験
 6) スピンオフの話:高齢者めまいバランスの改善
 特に「宇宙酔い」は宇宙医学における前庭平衡科学分野のうちでいまだ未解決の病態であり,今後の月・火星重力環境への再適応問題も含めて他分野と協力して解決していかねばならない責務課題である。
 また「宇宙は加齢の促成栽培」とも称されるように宇宙医学からのスピンオフとして加齢性病態,すなわち前庭平衡科学としては加齢性めまいや加齢性平衡障害ということになるが,これら地上医学へのスピンオフについても報告した。