宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 77, 2017

シンポジウム 3

「筋骨格系」

5. 微小重力環境によるヒト骨格筋幹細胞維持機構の阻害

細山 徹

国立長寿医療研究センター 再生再建医学研究部

Dysregulation of Human Muscle Stem Cell Pool Maintenance in Simulated Microgravity

Tohru Hosoyama, Ph.D.

National Center for Geriatrics and Gerontology, Department of Regenerative Medicine

微小重力環境における骨格筋萎縮の誘導メカニズムの詳細は明らかではなく,解決すべき研究課題の一つである。本研究では,骨格筋恒常性維持に重要な骨格筋幹細胞に着目し,微小重力環境が幹細胞維持機構にどのような影響を及ぼすかについてiPS細胞由来ヒト骨格筋幹細胞を用いて検討した。我々が考案した高効率骨格筋幹細胞分化誘導法【EZスフィア法】によりiPS細胞からヒト骨格筋幹細胞を誘導し(Hosoyama et al., Stem Cell Transl Med. 2014),疑似的に10-3 G環境を作り出すクリノスタットローテーションを用いて2週間浮遊培養した。その結果,微小重力培養により骨格筋幹細胞でのPax7発現の減少とその後の筋管細胞数の減少が生じ,このPax7の発現低下はプロテアソーム阻害剤存在下で行った微小重力培養においても誘導された。また,微小重力培養したヒト骨格筋幹細胞では,Pax7の発現制御に関わるとされるERKのリン酸化低下が認められた。これらの結果は,微小重力環境がERKのリン酸化抑制を介してPax7発現低下を誘導し,ヒト骨格筋幹細胞の維持機構が阻害されたことを示唆している。近年骨格筋幹細胞数の減少と加齢などによる筋萎縮との関連性が指摘されており,本シンポジウムでは,微小重力環境における筋萎縮が筋タンパク質の異化作用のみならず骨格筋幹細胞の維持機構の破綻によっても生じる可能性について議論したい。