宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 76, 2017

シンポジウム 3

「筋骨格系」

4. 心臓の筋トレプログラム(high-intensity interval aerobic training:HIAT)

松尾 知明

独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 産業疫学研究グループ

The HIAT is a good resistance training method for cardiac muscle

Tomoaki Matsuo

National Institute of Occupational Safety and Health, Japan, Occupational Epidemiology Research Group

体力科学の研究分野で“高強度インターバルトレーニング”をテーマとした論文が年々増加している。それらの研究の対象者はアスリートではなく体力低位者である。自転車エルゴメータやトレッドミルを用いる場合の高強度インターバルトレーニングは,2つのタイプ,すなわちスプリント系(sprint interval training:SIT)と有酸素系(high-intensity interval aerobic training:HIAT)に分けられる。SITやHIATの主な利点は,一定の効果を確保しつつ運動の所要時間を短縮できる点にある。いずれの方法でも,その代表的な効果は心肺持久力(cardiorespiratory fitness:CRF)の向上であるが,SITは主に末梢筋の酸素利用能の向上により,HIATは主に心機能の向上により,CRFを高めるとされる。
 筆者らは労働衛生研究の一環としてHIAT研究に取り組んでいる。研究を始めたきっかけは宇宙飛行士である。これまでの宇宙実験やベッドレスト実験によると,数週間〜数ヵ月間の微小重力環境ばく露によりCRFは20%程減少する。心機能低下がその主な原因である。このような体力低下を予防するため,国際宇宙ステーションで働く宇宙飛行士には,週6日,1日2時間程(準備時間含む)の運動時間が,“職務として”割り当てられている。しかし,宇宙での限られた時間を有効活用するためにも,“勤務中”の運動時間は出来る限り短縮させたい。そのために現在,宇宙環境での“効率的な運動トレーニング法”を開発する研究が,世界各国の宇宙機関で進められている。その研究の一環として筆者らが取り組んだのがHIAT研究である。
 宇宙飛行士の健康管理は労働衛生としては特殊であるが,飛行士の健康リスクを軽減させるための研究が老化や生活習慣病に関わる研究の進展に役立つと言われている。微小重力環境に滞在する飛行士の身体変化が,加齢に伴う身体変化や,科学技術の恩恵で身体に負荷をかける機会が減った現代人の身体状況と似た側面があることがその理由とされる。宇宙飛行士は多忙である。それにも関わらず他の時間を削ってまで十分な運動時間が彼らに確保されているのは,体力を低下させないことが飛行士の健康を,ひいては彼らの生命を守る上で重要であることが,宇宙開発に携わる多くの国の関係者に強く認識されているためである。
 体力低下が健康や生命を脅かすリスクとなるのは宇宙飛行士に限った話ではない。最近は職務時間の大部分を座位で過ごすような働き方をする人が増えている。極端な見方をすれば,微小重力環境は身体“不”活動状況の時間短縮版である。宇宙飛行士向けに開発した「時間効率の良い運動プログラム」は,身体“不”活動な状況下におかれる労働者に適用できるのではないか。MRIを用いて心筋への影響を検討した筆者らの介入実験では,HIATの所要時間と運動量は中強度持続性運動(moderate-intensity continuous training: MICT)の半分程度であったにも関わらず,CRFや心筋重量への効果はHIATがMICTより大きかった。同様の結果はメタボリックシンドローム該当者を対象とした実験でも得られた。心筋への好影響が期待できるHIATの特徴を生かすべく,現在はHIATを心疾患患者の運動療法として活用する研究に取り組んでいる。