宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 75, 2017

シンポジウム 2

「睡眠」

3. 宇宙環境における睡眠研究の現状

水野 康

東北福祉大学教育学部
宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究グループ

Studies on sleep under space environment:its history and perspective

Koh Mizuno

Faculty of Education, Tohoku Fukushi University
Space Biomedical Research Group, Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙における最初の睡眠研究は,1970年代の米国のスカイラブミッションで行われた宇宙滞在中の睡眠ポリグラフ記録であり,計50夜に及ぶ睡眠段階判定から,宇宙でも一晩の睡眠構築はほぼ地上と同様であること,ただし,睡眠時間は短縮傾向にあり,宇宙酔い,船内の騒音,多忙などが一過性の不眠を招くことが報告された。その後,スペースシャトルミッションにおける科学研究ミッションでも睡眠研究が行われ,これらの傾向が一貫して認められるとともに,飛行中における高い睡眠導入剤の使用率(約2〜5割)が報告されている。現在進行中の国際宇宙ステーション(ISS)における約半年の長期滞在ミッションは,2000年10月の初滞在から既に17年が経過し,長期宇宙滞在を経験した飛行士はのべ150人を超えている。
 宇宙でも測定可能で,簡便かつ負担の少ない睡眠の客観的評価手法として,非利き手手首に腕時計型の活動量計を連続装着して,活動量から睡眠/覚醒を推定するアクチグラフィという方法がある。この手法を用い,2001年から2011年までのスペースシャトルミッション搭乗飛行士64人,ISSの長期滞在飛行士21人という多数から得られた結果が2014年に公表された(Bargerら,2014)。打ち上げ11日前から帰還7日後までの連続測定結果から,宇宙滞在中における就寝〜起床までの長さが平均6.7〜6.8時間,睡眠と判定された時間の合計(総睡眠時間)が平均約6時間前後,総睡眠時間が6時間に満たない日が飛行期間の40〜50%にも及ぶ,という宇宙での睡眠不足を示唆する結果を報告している。ISS長期滞在飛行士24人から調査した飛行中に使用した薬剤の報告(Wotring, 2015)では,17人(71%)から睡眠導入剤の使用が確認された。この使用頻度は他の薬剤(筋骨格系の痛みや皮膚の発疹対処など)に比して最も高く,他の薬剤の使用頻度が地上生活とほぼ同等であるのに対し,ISS滞在時の睡眠導入剤の使用頻度は地上生活の約10倍とされている。
 宇宙を模擬する地上実験として,筋骨格系ではベッドレスト実験,精神心理系では閉鎖環境隔離実験などがあり,両者とも3か月〜1年以上に及ぶ長期実験も行われている。前者では睡眠研究の報告は少ないが,後者では,長期滞在中における活動量の低下と睡眠時間の延長,人によって睡眠時間が夜間と昼の二相性を呈することなどが確認されている(宇宙開発事業団技術報告,ロシア長期閉鎖実験に関する成果報告書,2002, Basnerら,2013)。
 宇宙環境における睡眠研究の今後の展望は,地上での睡眠研究とも共通する要素を含み,1)適切かつ十分な睡眠が得られるような工夫・対策,2)睡眠不足等に陥った際の対処策,3)睡眠および日中の眠気・注意力のモニター技術,の3点が考えられる。関連する最近の話題では,2017年よりISSの照明がLED照明に交換され,光の色(波長)や照度(最大)の調整が可能になること,眼球運動モニターを用いた眠気・注意力モニター手法の開発が進んでいることなどが上げられる。