宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 74, 2017

シンポジウム 2

「睡眠」

2. パイロットの疲労リスクの管理

松永 直樹

日本航空株式会社 健康管理部

Fatigue Risk Management of Flight Crews

Naoki Matsunaga

Medical Service Department, Japan Airlines

既に1930年代に,パイロットの疲労軽減のために,飛行時間制限,次の飛行までの推奨休憩時間,パイロットの睡眠時間等についての勧告がなされていたが,以降も基本的な考え方に大きな変更はないまま経過してきた。最長の乗務時間や乗務間の最短休息時間による管理は,労働基準として明確である反面,その妥当性については検討の余地が残されていた。
 2009年,米国コンチネンタルコネクション3407便が着陸直前に住宅地に墜落,住民を含め50名が死亡した。この事故の直接原因はパイロットの操縦ミスであったが,米国国家運輸安全委員会が彼らの疲労によるパフォーマンス低下も要因の一つと位置づけたため,既に疲労に注目していた連邦航空局がパイロットの疲労対策に本格的に取り組む契機となった。
 パイロットの疲労リスク管理で取り扱う疲労とは,「航空機の安全運航に係る業務を遂行するにあたり航空機乗組員の注意力や能力の低下を招く,睡眠不足,長時間の覚醒,サーカディアンリズム周期(生体リズム),またはワークロード(精神的又は肉体的な活動)に起因して,精神的又は身体的なパフォーマンスが低下した生理学的状態」(航空局)とされ,その回復のためには睡眠が重要だとされている。
 各国の対応を受け,日本においても,パイロットの疲労を安全上のリスクとして管理していくことが2017年4月に明確化された。それとともにパイロット等に対する疲労に関する教育も義務化され,本年10月から各航空会社において開始されているところである。
 今後,日本における疲労リスク管理が,どのように行われていくのか,現時点においてその詳細は明らかになっていないが,大まかなイメージは以下のようである。
 まず,国が科学的知見に基づき,(現行基準よりも厳しい)新基準を定め,各航空会社はそれを遵守していくと共に,現行の安全管理システム(イベント等のデータのモニタ・収集→ハザード特定→リスク評価→リスク軽減→イベント等のデータのモニタ・収集…というサイクル)の中に疲労という要素を取り込み,再発防止的なサイクルを回していく,FRM(Fatigue Risk Management)がその一つである。
 もう一つは,国の定めた基準を超えて,航空会社が自ら定めた基準を守りつつ国の認可を受けて,データのモニタ・収集→ハザード特定→リスク評価→リスク軽減→データのモニタ・収集…というサイクルを回していく,FRMS(Fatigue Risk Management System)である。このサイクルは,FRMとは異なり,通常のオペレーションの中で,総合的に様々なデータを収集し,再発防止に加えて,未然防止的,予知的なデータ駆動型のサイクルを回していこうとするものである。このデータには,疲労(疲労に関するハザードのレポート,Karolinska眠気尺度,Samn-Perelli疲労尺度等),睡眠(睡眠日誌,Actigraphy等),パフォーマンス(Psychomotor Vigilance Task等)が含まれる。
 経営,担当組織,パイロット,各々が,責任を持ちつつ,航空の安全のために疲労リスク管理を継続していくことが望まれる。