宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 72, 2017

基調講演

2. 筋骨格系廃用萎縮への挑戦 宇宙医学と臨床医学:同時進行と相互フィードバック

志波 直人

久留米大学医学部整形外科学教室

Challenge for musculoskeletal disuse atrophy Space medicine and clinical medicine:for their simultaneous progress and mutual feedback

Naoto Shiba

Orthopedic department, Kurume University School of Medicine

免荷(非荷重)や不動は,筋力低下・筋萎縮,骨密度低下などの筋骨格系の廃用性変化を来たすため,活動性の維持・運動の継続は,このような筋骨格系の廃用性変化を予防するために重要である。宇宙飛行士では無重力により著しい筋骨格系の廃用が発生するため,廃用予防対策は臨床と同様,宇宙医学の重要課題である。宇宙環境で有効なトレーニング方法としてハイブリッドトレーニング装置(Hybrid Training System:HTS)を開発,日本宇宙フォーラムが実施する公募地上研究において2002年萌芽研究,2005年次期宇宙利用研究の助成を受け,久留米大学,九州工業大学,JAXA宇宙医学生物学研究室を中心に多施設共同研究を実施して様々な実験を行った。これまで39の長期実験を実施,1回の実験で平均10名,総勢390名の被験者で平均週3回2か月間の実験で,総トレーニング回数は1万回を超えた。これらの実験結果から,安全性と有効性・有用性を明らかにしてきた。
 HTSは従来の電気刺激法とは異なり,運動時に動作を妨げる拮抗筋を電気刺激して得られる筋収縮を運動抵抗とする電気刺激と自発の筋収縮の混合運動である。センサーにより運動を感知して随意運動に合わせて拮抗筋を電気刺激収縮して主動筋の運動抵抗となり骨長軸方向に荷重が加わる。宇宙では重力に代わり電気刺激による筋力を,運動抵抗として自身の体内で発生する。HTSでは電気刺激される筋は遠心性収縮となり大きな張力が得られ,より少ない電気刺激でトレーニングに必要な張力が得られ,また,電気刺激筋収縮は速筋優位の収縮となり乳酸が産生されるが,交互に行われる自発筋収縮では遅筋が主に活動するため,この産生された乳酸は自発運動のエネルギー源として用いられことになり蓄積されず,疲労しにくく効率の良い運動となる(乳酸シャトル)。
 これまで実施してきた地上研究の成果や有効性・有用性の実績により,2009年度国際公募国際宇宙ステーション(ISS)利用研究テーマに採択された。ISSの搭載基準を満たす装置作製,繰り返しの地上リハーサルなど3年の準備期間を経て,2013年8月にH2ロケットでISSに装置を搬入,宇宙飛行士一名を被験者とした4週間,週3回計12回のトレーニング実験を行った。HTSは宇宙環境でも問題なく使用でき,無重力環境で重力に代わり有効に筋肉や骨に運動負荷を与えることができた。宇宙実験で得られた結果は,メカニカルストレスが筋骨格系の維持には不可欠であることを再認識するものであった(Shiba N, PLOS ONE, 2015)。現在,火星などへの長期有人宇宙探査を想定して,小型宇宙船でも使用可能なHTS関連研究を継続して実施している。
 HTSは宇宙医学での使用をはじめ,臨床における医療・介護施設現場の他,運動の制約や制限が大きい環境下で十分なリハビリテーションの設備が無い医療過疎地や在宅などでの使用が可能である。スピンオフとして,実用化に向けた産学研究をパナソニック社と実施,シニア用の下肢用筋トレ装置「ひざトレーナー」が市販された。これは,大腿部に電極を内蔵したサポータを装着することにより,歩行などの運動をセンシングして運動抵抗となる電気刺激を大腿筋群に与えるものである。
 宇宙医学と臨床医学は共通点も多く,今後も宇宙医学と臨床医学の同時進行と相互フィードバックを目指して研究を継続して行きたい。