宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 4, 71, 2017

東北宇宙生命科学研究会

1. 低線量率放射線照射によるマウスへの健康影響について

杉原 崇

(公財)環境科学技術研究所・生物影響研究部

Health effects in mice exposed to low dose-rate radiation

Takashi Sugihara

Institute for Environmental Sciences, Department of Radiobiology

従来行われてきた低線量放射線影響研究の多くは,高線量率の放射線を短時間照射することにより得られる低線量域での研究であったため,宇宙空間での低線量率長期間被ばくによる健康影響リスク推定には単純に応用できない。宇宙での放射線影響を理解するには,長期間持続的に低線量率照射される生物影響の知見が不可欠である。環境研では低線量率(0.05 mGy/日〜20 mGy/日)放射線照射による生物影響研究に特化し,分子レベルから個体レベルまで,以下の4つの研究を行っている。
 ①分子・細胞レベルの研究:低線量率の放射線が引き起こす分子や細胞レベルの変化,特に,遺伝子の働きの変化,タンパク質の変化,染色体の異常の誘発などに関する解析を行っている。
 ②組織・個体レベルの研究:組織や個体の調節機能に対して低線量率の放射線が引き起こす変化,特に,免疫系,内分泌系,造血系などの働きの変化を解析している。
 ③発生初期・胎児期の被ばくの影響研究:生まれる前の時期に低線量率放射線被ばくした場合の影響については,特にデータが少なく,わかっていない。そこで,生まれる前に低線量率放射線被ばくしたマウスに起こる奇形,がん,寿命短縮,遺伝子異常などのデータ収集を行っている。
 ④子孫への影響研究:低線量率放射線照射したオスマウスと照射していないメスマウスとの交配で生まれた仔マウスへの影響を調べている。これらによって,仔マウスの寿命,死因,遺伝子変異などのデータ収集を行っている。
 今後,宇宙空間での低線量率長期間被ばくによる健康影響リスク推定を行うためには,高線量率低線量照射による生物影響とは違う機構で起こる可能性を考え,1 mGy/日の低線量率照射実験を行い,その影響を解析することが必要であると考える。また,この低線量率照射で生物影響がある場合はどのような影響があるかを明らかにし,その影響を軽減化するにはどのようにすればいいかを検討することも重要である。