宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 3, 45-47, 2017

短報

九州北部離島におけるくも膜下出血発症時の天候

由比 文顕

福岡和白病院脳神経外科

The Weather at the Time of Onset of Subarachnoid Hemorrhage in Northern Kyusyu Remote Islands

Fumiaki Yuhi

Fukuoka-Wajiro Hospital, Department of Neurosurgery

ABSTRACT
 20 subarachnoid hemorrhage patients were transferred by doctor helicopter from Northern Kyusyu islands to Fukuoka-Wajiro Hospital from January 2009 to May 2017. The author discussed the weather condition of subarachnoid hemorrhage onset based on passed weather map. 【Result】 Weather events observed one day before onset were warm front and cold front, stationary front and low atmospheric pressure. With respect to warm and cold front appearance was 8 cases, enlargement was two cases and movement was two cases. With respect to stationary front appearance was four cases, disappearance was one case and movement was one case. With respect to low atmospheric pressure advent was two cases and movement was two cases. With respect to weather events of 8 cases caused one day after appearance of warm front and cold front, movement of warm front and cold front was three cases, disappearance of warm front and cold front was two cases, change of warm front and warm front and cold front to stationary front was one case and movement of stationary front was one case. 【Conclusion】 If the warm front and cold front appear and these fronts move or disappear on next day, subarachnoid hemorrhage is speculated to develop.
 
(Received:19 October, 2017 Accepted:12 December, 2017)

Key words:weather, subarachnoid hemorrhage


はじめに
 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血急性期の治療は離島においてしばしば困難でありドクターヘリによる本土への搬送が必要なことがある。一方天候不良時にドクターヘリが飛ばないこともあるとされどのような天候時にくも膜下出血が発症しやすいか予測できれば患者移送の点で極めて有用である。著者はくも膜下出血発症時の離島の天候変化について過去天気図をもとに検討した。

対象および方法
 2009年1月より2017年5月までに対馬(長崎県),壱岐(長崎県),大島(福岡県)より福岡和白病院にドクターヘリで搬送されたくも膜下出血患者20名であった。全例前医での頭部CT検査でくも膜下出血と診断されている。くも膜下出血発症前24時間より発症までの天気図を比較検討した。

結果
 くも膜下出血20名のくも膜下出血発症日を表 1に示す。発症月は1月4例,2月0例,3月3例,4月1例,5月3例,6月2例,7月0例,8月2例,9月1例,10月0例,11月1例,12月3例であった。
 発症前24時間より発症までの間に新たに出現した主たる天気図変化は温暖前線および寒冷前線,停滞前線,低気圧に関してであった。くも膜下出血発症前日および当日に天気図上にみられた気象事象を表2に示す。
 温暖前線および寒冷前線が出現したもの8例,温暖前線および寒冷前線が拡大したもの2例,温暖前線および寒冷前線が移動したもの2例であった。なお当論文内では経度で10°以上の距離を前線が半日で移動した場合,便宜上移動と表現した。
 停滞前線が出現したもの4例,停滞前線が消失したもの1例,停滞前線が移動したもの1例であった。
 低気圧が出現したもの2例,低気圧が移動したもの2例であった。
 発症前日に天気図変化が何ら見られなかったのは2例(Case 2,Case 5)であった。
 前日に温暖前線および寒冷前線が出現した8例の発症当日の状況は以下のとおりである。
 Case 3;前日に出現した2個の温暖前線および寒冷前線が1個となり急速に東進した後くも膜下出血発症。
 Case 10;前日に出現した2個の温暖前線および寒冷前線のうち1個が停滞前線に変化し移動。3時間後にくも膜下出血発症。
 Case 11;温暖前線および寒冷前線と停滞前線が接近し3時には温暖前線および寒冷前線が消失。3時くも膜下出血発症。
 Case 13;九州中部に位置していた停滞前線が北上し6時に韓国に到達。8時くも膜下出血発症。なお9時以後前線が大幅に変化。
 Case 14;温暖前線および寒冷前線が移動(東進)。
 Case 15;温暖前線および寒冷前線が移動(東進)。12時くも膜下出血発症。
 Case 16;前日九州西方に出現していた温暖前線および寒冷前線が九州北部に到達。さらに山陰を経て当日3時太平洋に至る。未明にくも膜下出血発症。
 Case 19;温暖前線および寒冷前線が移動(南下)し3時に釜山,9時対馬に至る。午前8時くも膜下出血発症。
 温暖前線および寒冷前線が出現した場合にその翌日温暖前線および寒冷前線が移動したもの3例,消失したもの2例であった。また温暖前線および寒冷前線が停滞前線に変化したもの1例であった。停滞前線が移動したもの1例であった。

表1 全20例のくも膜下出血発症の日時
Case 発症時刻
Case 1 2009年1月11日3時
Case 2 2011年5月25日11時30分
Case 3 2012年3月19日16時
Case 4 2012年6月13日夜
Case 5 2012年8月3日朝
Case 6 2013年12月10日10時30分
Case 7 2014年1月21日21時
Case 8 2015年3月11日6時
Case 9 2015年12月15日6時
Case 10 2016年1月15日6時
Case 11 2016年6月3日3時
Case 12 2016年8月13日12時
Case 13 2016年9月17日8時
Case 14 2016年11月25日18〜21時
Case 15 2016年12月12日12時
Case 16 2017年1月30日未明
Case 17 2017年3月15日9時
Case 18 2017年4月18日10時30分
Case 19 2017年5月6日8時
Case 20 2017年5月25日正午頃


表2 くも膜下出血発症の前日および発症当日に天気図上にみられた気象事象と発症時刻
WFCFはwarm front and cold front(温暖前線と寒冷前線)の略,
SFはstationary front(停滞前線)の略,LPはlow pressure(低気圧)の略
Case 発症前日 発症日
Case 1 WFCFが拡大 3時発症 WFCFは移動(東進)
Case 2 11時30分発症 九州南西にLP出現
Case 3 WFCFが2個に増加 WFCFが1個になる 16時発症
Case 4 九州南方をLPが東進 LPは関東の東を東進 夜発症
Case 5 (九州西に台風接近) 朝発症 (台風は熱帯性低気圧に変化)
Case 6 LP3個に増加 10時30分発症
Case 7 21時SF出現 SFはWFCFに変化し東進 21時発症
Case 8 WFCF拡大 LP南西に移動 6時発症
Case 9 SF東進 九州にLP 3個のLPが移動 6時発症
Case 10 WFCFが南北に2個出現 SF出現 6時発症
Case 11 WFCFとSFが出現 WFCFとSFが接近 3時WFCF消失 3時発症
Case 12 2個のSF消失(6時間で) 12時発症
Case 13 WFCF出現 九州中部のSFが北上し韓国へ 8時発症
Case 14 LP出現 WFCF出現移動 WFCF移動(東進) 18〜21時発症
Case 15 SF,WFCF出現 WFCF移動(東進) 12時発症
Case 16 九州西にWFCF出現 WFCFが対馬・山陰を通過し太平洋へ 未明発症
Case 17 LP北上 WFCFが急速に東進 9時発症
Case 18 WFCFが列島沿いに移動 10時30分発症
Case 19 21時WFCF・SF出現 WFCF移動(釜山より対馬へ南下) 8時発症
Case 20 WFCF移動 9時東北地方にSF出現 正午ごろ発症

考察
 脳動脈は外膜,中膜,内膜の三層構造よりなり中膜は平滑筋細胞に富んでいるため脳動脈は拡張収縮が可能である。一方脳動脈瘤は中膜が欠損していることは古くから知られていた。脳動脈瘤が存在していると僅かな体血圧上昇のみで脳動脈瘤は徐々に拡大し遂には破裂してくも膜下出血にいたる。脳動脈瘤拡大には気温下降による体血圧上昇が影響するかも知れないが動脈瘤破裂は高血圧性脳内出血と異なり気温下降による血圧上昇はあまり関係ないと言われている。一般にくも膜下出血は季節変動と関連していないという報告が多い1-3)が張ら4)は2,3月に有意に多く7,8月に有意に少なかったとしている。
 Ono5)は気象要素の多変量解析から気圧変化が大きいとき脳卒中全般の発症が有意に増加するとした。このことから中膜が欠損している動脈瘤では気圧変化により破裂しやすい可能性がある。ここで著者は気圧変化を考える上で離島の天気に着目した。日本本土とくに都市では高い建築物あるいは密閉された家屋などで天気図どおりの気圧変化をしていない可能性がある。その点離島では天気図により近い気圧変化をするのではないかと推測した。しかしながら気圧の数値そのものを知ることは困難であり天気図上の低気圧の位置表示も相対的なものである。そのため天気図上の前線の変化を中心に検討した。
 くも膜下出血の前日に新たにみられた天気図変化は20例中温暖前線および寒冷前線12例,停滞前線6例,低気圧4例であった。温暖前線および寒冷前線に注目すると12例中8例では発症前日に温暖寒冷前線が出現していた。さらにこの8例では発症当日になり温暖寒冷前線の移動あるいは消失が5例にみられた。このような温暖前線および寒冷前線の出現とそれに続く温暖前線および寒冷前線の移動あるいは消失などで急激に気圧が変化するとき動脈瘤が破裂してくも膜下出血に至ると推測する。

結論
 九州北部離島よりドクターヘリで搬送されたくも膜下出血20例について発症前日及び発症当日の天気図変化について検討した。
 20例中8例は発症前日に温暖前線および寒冷前線が出現。この8例では当日に温暖前線および寒冷前線の移動や消失がみられた。
 温暖前線および寒冷前線が出現し引き続き温暖前線および寒冷前線の移動や消失がみられた場合くも膜下出血が発症すると推測した。

文献

1) Azevedo, E., Ribeiro, J.A., Lopes, F., Martins, R. and Barros, H. Cold.:A risk factor for stroke ? J. Neurol., 242, 217-221, 1995.
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4) 張 明姫:入院患者を対象としたくも膜下出血罹患と気象要素との関連,Jpn. J. Biometeor., 44(4), 97-104, 2007.
5) Ono, Y., Aoki, N., Horibe, H., Hayakawa, N. and Okada, H.: Biometeorologic studies on Cerebrovascular diseases. V.A multivariate analysis of meteorologic effects on cerebrovascular accident. Jpn. Circ. J., 38, 195-208, 1974.

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