宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 2, 19-26, 2017

原著

拮抗筋電気刺激を有するサイクリング運動モデルによる酸素摂取量シミュレーション

田川 善彦1,山本 直輔1,大本 将之1,松瀬 博夫1,高野 吉朗2,志波 直人1

1久留米大学
2国際医療福祉大学

Simulation of Oxygen Uptake in a Cycling Exercise Model with Electrical Stimulation of Antagonist Muscles

Yoshihiko Tagawa1, Naosuke Yamamoto1, Masayuki Omoto1, Hiroo Matsuse1, Yoshio Takano2, Naoto Shiba1

1Kurume University
2International University of Health and Welfare

ABSTRACT
 An environment with microgravity will cause disuse atrophy, resulting in loss of mass and strength in the muscles and bones. Exercise under extreme circumstances, such as microgravity, has been examined and moderate exercise intensity has been utilized in spaceflight programs. Conventional ergometer cycling is accepted as a safe exercise method and offers the added advantage of allowing ease of operation and control of exercise intensity. Although the effects of exercise on the human body have primarily been investigated using experimental approaches, advanced modeling and simulation techniques could be powerful tools to provide insights into the physical limitations, optimal conditions, and mechanisms that may lead to muscle and joint damage. The purpose of this study was to validate a cycling exercise model that includes a hybrid training system (HTS) for oxygen uptake compared with experimental results on Earth, and to suggest acceptable training conditions from case studies across a wide range of cycling parameters, including 0 g. HTS is a training method in which antagonist muscle activity is induced by electrical stimulation during movement. The cycling exercise model was obtained by modifying a commercially available bicycle model to simulate oxygen uptake during HTS cycling at 1 g and 0 g. Simulated oxygen uptake at 1 g showed good agreement with the experimental results described by Omoto et al (J. Nov. Physiother., 2013), suggesting a slight increase in oxygen uptake at 0 g over the simulation at 1 g. Optimal cycling conditions were also simulated to reduce the metabolic cost at 0 g under the two following constraints:using desired values of oxygen uptake as an index of exercise intensity, and knee-joint reaction force to maintain bone density. The validity of the cycling exercise model for oxygen uptake at 1 g was demonstrated by comparisons between simulated and experimental results. Simulated optimal cycling conditions showed that muscle co-contraction during HTS cycling exercise under microgravity, which decreases both pedal rate and mechanical load on the ergometer pedal, would offer an effective method to gain acceptable training conditions compared with experimental optimal conditions on Earth.

(Received:9 November, 2016 Accepted:20 April, 2017)

Key words:cycling, oxygen uptake, electrical stimulation, simulation, optimal cycling condition

I. はじめに
 ハイブリットトレーニングシステム(HTS)は自家筋を運動抵抗に利用するユニークな運動法である。身体運動時に関節の拮抗筋側に電気刺激を与え,誘発される筋収縮力を主動筋の運動抵抗とする考え方である26)。主動・拮抗の両筋が同時収縮するため骨圧縮力を伴い,筋力や骨の効果的維持・強化が可能である。自家筋刺激を実現するシステムの構成は小型・軽量化が可能であり,狭隘な環境でも有効な運動法となる。HTSを利用した一連の地上実験では,筋力の維持・強化,骨減弱の抑制に効果がみられた21)
 現在,微小重力下での身体機能減弱への対抗措置として,宇宙飛行士は,トレッドミル,自転車エルゴメータ,抵抗運動器などを使用し,週に6日間,1日あたり約2時間のトレーニングを行っている。松尾ら14)は,現行のISS内自転車運動と比較し,身体のエネルギー消費と運動時間を減少させ,最大酸素摂取量低下や心筋萎縮の予防に効果のある自転車運動プロトコルを考案した。この背景には,長期滞在時における飛行士の体重減少の問題,運動時のエネルギー消費量の増大がもたらす輸送時の食糧搭載量増加と輸送コストの圧迫の問題がある。また矢部らは,自転車エルゴメータを用いて,心拍一定負荷条件での平均動脈圧に注視し,効率的で安全なエルゴ運動条件24)や血糖コントロールに適した運動療法としての有効性25)を示している。このように地上や微小重力下を問わず自転車エルゴメータが運動機器として利用されている。
 最近,国際宇宙ステーション(ISS)にて上肢HTS検証実験が行われた12)が,同時期Omotoら16)は,下肢HTS自転車エルゴメータ(HER)を用いたサイクリング運動の地上実験を実施した。彼らは,HERの適切な運動強度の設定のために,随意エルゴメータ(VER)とHERによるサイクリング運動の酸素摂取量の測定と評価を行った。
 これらは全て実験をベースにした考案や評価であるが,実験内容によっては実施が困難な場合も想定される。近年の進歩した計算機シミュレーション技術は,実験の事前評価あるいは計測困難な内部情報として,身体の限界や最適な条件,筋や関節に損傷を与えるメカニズムに対する知見などを提供できる可能性がある。この研究の目的は,適切なHERサイクリング運動モデルの構築および地上での実験結果との比較からモデルの妥当性を確認し,さらに1 g,0 gにおける種々のケーススタディから,実験前に酸素摂取量特性の評価を行い,受け入れ可能なトレーニング条件を検討することである。
 そのため,まず筋骨格系解析ソフトAnyBody(AnyBody Technology A/S, Aalborg, Denmark)のモデルリポジトリのBike modelを改変したHERサイクリング運動モデルについて述べ,次にサイクリング時の酸素摂取量について,地上での実験結果とシミュレーション結果を比較し,モデルの妥当性の検証を行った。さらに,0 g下でサイクリングパラメータを広範囲に変化させて求めた酸素摂取量特性から,HERサイクリングや最適サイクリング条件の検討を行った。


II. 方法
 A. サイクリング運動モデル
 シミュレーションツールとして,筋骨格系運動解析ソフトAnyBody ver.6.0.6を用いた。このソフトでの人体モデルは,欧州の平均男性(身長1.76 m,質量75 kg)を基本とし,200以上の骨,1,000以上の筋を有している。解析は,運動を与えて筋力,関節反力,モーメントなどを計算する逆動力学によるが,利用目的に応じてモデル構成を選択できる。
 自転車エルゴメータサイクリング運動モデルとして,AnyBody AMMR(AnyBody Managed Model Repository)のBikeModel のFull body model (Fig. 1)から上肢を削除した Lower leg modelモデルを用いた。上肢は仮定されていないが,外部から胸部に上肢有りモデルと同じ姿勢を保持するための適切な力とモーメントが与えられている。股関節の位置は,クランク軸から高さ0.78 m,後方に0.17 mとした。
 筋骨格系の逆動力学の計算に必要な筋の動員基準にはMinMax1,18)とQuadraticを併用2)し,筋モデルとして Hill タイプ3)を用いた。
 
 B. 刺激条件
 Omotoら16)はHERサイクリング運動において,電気刺激(両相矩形波の電圧制御方式,搬送波5 kHz,刺激周波数40 Hzのバースト波)を80%最大耐用電圧として大腿四頭筋とハムストリングスに印加し,ペダル回転速度を60 rpmとした。
 サイクリング運動モデルによるシミュレーションでは,大腿四頭筋とハムストリングスに最大筋発揮力のある割合に相当する電気刺激を想定し,HTS原理26)に基づく筋活動を拮抗筋に与えた。対象筋は表層部に存在する筋群とした。サイクリング時の刺激タイミングは,膝屈曲角の増減速度に応じてon-offを設定した。Fig. 2は右脚の刺激タイミングを示すが,右足部が最上位に位置するときを時間原点とした。左脚は半サイクルシフトしたパターンとなる。刺激区間は,60 rpmでのペダル回転速度−2.0 rad/s以下,2.0 rad/s以上を基準にして,各速度で一定の割合となるようにした。

Fig. 1. Bike model in the AnyBody AMMR (AnyBody Technology A/S, Aalborg, Denmark).

Fig. 2. Stimulus duration during one rotation of the right leg at 60 rpm.
Right knee antagonists during extension and flexion motions were stimulated for durations greater than 2.0 rad/s and less than −2.0 rad/s, respectively. Ham:hamstring muscles, Quad:quadriceps femoris.

III. サイクリング運動モデルの妥当性
 サイクリング運動モデルの妥当性を評価するために実験結果と比較,検証を行った。シミュレーション条件を,Omotoら16)と同様に,ペダルの回転速度を60 rpm,機械的負荷(サイクリング運動の抵抗であり回転速度とクランクトルクの積)を20〜100 W(20 W刻み),酸素摂取量を単位身体質量あたりの相対量([ml/kg/min])として求めた。
 AnyBodyでは筋肉の機械的パワーから代謝パワー11)を求めることができる。代謝パワーからエネルギー消費を求め,換算式(1)13)から酸素摂取量を計算した。

 エネルギー消費[kcal/kg/min]= 酸素摂取量[ml/kg/min] × 0.005 kcal/ml  (1)

 なお,安静時の酸素摂取量(3.5 ml/kg/min)は,シミュレーション結果と測定値との比較を行う場合にのみ,考慮した。他の計算値は運動のみによるエネルギー消費,酸素摂取量である。
 Fig. 3は,横軸をクランクへの機械的負荷 [W],縦軸を酸素摂取量[ml/kg/min]として,実験値とシミュレーション値を比較したものである。電気刺激強度として,大腿四頭筋では最大筋発揮力の割合(筋活動度)で2%,ハムストリングスでは10%相当を与えた。シミュレーション結果は,Omotoら16)の地上での測定値のVERサイクリング回帰直線(VER:傾き0.14,切片4.56, HER:傾き0.14,切片6.65,いずれの推定値もp<0.0001)とよく一致した。HERでは,両結果とも酸素摂取量が一定量増加していることが分かる。HERサイクリング運動モデルでは大きめの値であるが,与えた筋活動度の大きさに依存した,と考えられる。シミュレーション結果と実験結果の比較から,サイクリング運動モデルは妥当と考えられる。地上での重力1 g下を想定したシミュレーション値が実測値と類似することを勘案すれば,0 gで求める酸素摂取量も意義があるだろう。

Fig. 3. Comparison of experimental and simulation results of oxygen uptake between VER and HER on Earth at a pedal rate of 60 rpm.
Values of oxygen uptake are expressed relative to unit body mass (ml/kg/min). VER:volitional cycle ergometer;HER:HTS (hybrid training system) with a cycle ergometer;g:acceleration due to gravity on Earth (1 g is equal to 9.81 m/s2). Omoto:oxygen uptake data as published by Omoto et al16). ‘Mechanical load’ on the abscissa shows the resistance force acting on the pedal during cycling, defined as the product of crank torque and pedal rate.

IV. サイクリング運動モデルによる酸素摂取量特性
 A. 刺激強度の増大と0 gの想定
 Fig. 4は,大腿四頭筋に筋活動度10%,ハムストリングスに20%相当の増大させた刺激強度を与え,機械的負荷を0〜140 Wとしてシミュレーションした結果である。ペダル回転速度はIII.と同様に60 rpmである。さらにプログラムの重力加速度パラメータの設定変更により,0 gも想定して計算を行った。なおサドル面と臀部が離反しないように力学的な要素で結合している。
 機械的負荷の増大とともに酸素摂取量は直線的に増加した。またFig. 3との比較から,より大きな刺激強度は,より多くの酸素摂取量を効率的に増加させることが可能である。これは1 g,0 gに共通しており,刺激強度の設定値により機械的負荷の大きさに関係なく酸素摂取量を容易に制御できることを意味する。

 B. 回転速度と機械的負荷の0 g VER・HERサイクリング運動への影響
 Fig. 5は,ペダルの回転速度を20〜140 rpm,クランクへの機械的負荷を0〜140 W (HER時), 0〜260 W(VER時)と変化させた,0 gでのサイクリング運動モデルによる酸素摂取量の計算値である。破線がVER,実線がHERである。なおHERの刺激強度は前節IV. Aと同じである。
 酸素摂取量は,機械的負荷の増大に対して線形的に増えるが,回転速度の上昇に対しては2次曲線的に増加した。なお図中の○はVER,□はHERの最適サイクリング条件をプロットしたものである。説明は次節IV. Cで行なう。

 C. エネルギー消費低減と0 g VER・HERサイクリング運動の最適化
 0 g VER・HERシミュレーションにおいて,運動強度の目安となる酸素摂取量と骨格系維持のための関節反力を希望値に近づけ,かつエネルギー消費を低減するサイクリング運動の最適化を考える。そのために目的関数(2)を定義した。エネルギー消費は酸素摂取量と同質であり,エネルギー消費低減は酸素摂取量の減少を意味する。このため希望する運動強度として酸素摂取量に%最大酸素摂取量相当値を設定し,その近傍でのエネルギー消費の低減を想定する。また膝関節反力に希望値を設けた。すなわち,目的関数(2)を最小化する最適サイクリング条件を求めた。

 目的関数
 w1 (酸素摂取量− a)2 + w2 (膝関節反力/体重−b)2 + w3エネルギー消費  (2)

 a:%最大酸素摂取量相当値(希望値),b:正規化された膝関節反力(希望値),w1, w2, w3:重み係数

 0 g VER・HERの最適サイクリング条件と実現値をTable 1にまとめた。拮抗筋刺激強度に相当する筋活動度をFig. 4と同様に大腿四頭筋で10%,ハムストリングスで20%とした。目的関数の最小化における収束性やエネルギー消費の低減量を考慮して,重み係数を試行錯誤的に決めた。w1= w2 = 40,w3 = 1とした場合,酸素摂取量10, 20, 30, 40 ml/kg/min,膝関節反力 3[−]の各希望値のもとでの最適なサイクリング条件(回転速度[rpm],機械的負荷[W])は,VERで(20.4, 56.6),(41.8, 118),(61.1, 180),(77.2, 241),HERで (18.4, 24.3),(34.7, 53.8),(47.6, 91.4),(59.3, 132)となった。HERでは回転速度が小さくなり,機械的負荷が半減している。また最適条件下における実現値が,エネルギー消費においてVER,HERともに256, 520, 785, 1,050 J/s,酸素摂取量において希望値より小さな値となった。膝関節反力は,VERでは希望値と一致したが,HERでは運動強度が増すに従い希望値との差が大きくなった。目的関数でのエネルギー消費項の有無,すなわち,重み係数w3 = 1では酸素摂取量の実現値が希望値より小さくなることでエネルギー消費が低減し,w3 = 0では酸素摂取量が希望値と一致した。なおFig. 5に,重み係数をw1 = w2 = 40, w3 = 0とした最適サイクリング条件をプロット(○:VER,□:HER)した。@〜C は4種類の酸素摂取量の希望値10, 20, 30, 40 ml/kg/minにそれぞれ対応する。

Fig. 4. Effects of differences in gravity and stimulus intensity on oxygen uptake during VER and HER at a pedal rate of 60 rpm.
Values of oxygen uptake are expressed relative to unit body mass (ml/kg/min). VER:volitional cycle ergometer;HER:HTS (hybrid training system) with a cycle ergometer;g:acceleration of gravity on Earth (1 g and 0 g are 9.81 and 0 m/s2, respectively). ‘Mechanical load’ on the abscissa shows the resistance force acting on the pedal during cycling, defined as the product of crank torque and pedal rate.

Fig. 5. Effects of different combinations of pedal rate and mechanical load on oxygen uptake during VER (dashed line) and HER (solid line) at 0 g.
Values of oxygen uptake are expressed relative to unit body mass (ml/kg/min). VER:volitional cycle ergometer;HER:HTS (hybrid training system) with a cycle ergometer. 0 g:a zero acceleration of gravity, 0 m/s2. ○ and □ show the optimal conditions of pedal rate and mechanical load for VER and HER, respectively, with conditions obtained to minimize the equation of objective function (2), excluding the energy expenditure term. Numbers 1 to 4 correspond to a = 10 to 40 ml/kg/min as desired values for oxygen uptake in Table 1.

Table 1. Optimal cycling conditions and reduction of energy expenditure for VER and HER at 0 g, considering oxygen uptake and reaction force.
Optimal conditions Realized values Weight
coefficients
Pedal rate
[rpm]
Mechanical
load [W]
Energy
expenditure
[J/s]
Oxygen uptake
[ml/kg/min]
Reaction force
at knee joint [−]
w1:w2:w3
VER 20.4 56.6 256 9.67 for a =10 3.00 for b =3 40:40:1
21.1 58.6 265 10.0 3.00 40:40:0
HER 18.4 24.3 256 9.67 for a =10 3.01 for b = 3 40:40:1
19.0 25.2 265 10.0 3.01 40:40:0
VER 41.8 118 520 19.7 for a = 20 3.00 for b = 3 40:40:1
42.5 120 529 20.0 3.00 40:40:0
HER 34.7 53.8 520 19.7 for a = 20 3.18 for b = 3 40:40:1
35.2 54.9 529 20.0 3.18 40:40:0
VER 61.1 180 785 29.7 for a = 30 3.00 for b = 3 40:40:1
61.7 182 794 30.0 3.00 40:40:0
HER 47.6 91.4 785 29.7 for a = 30 3.30 for b = 3 40:40:1
48.0 92.7 794 30.0 3.30 40:40:0
VER 77.2 241 1,050 39.7 for a = 40 3.00 for b = 3 40:40:1
77.7 243 1,058 40.0 3.00 40:40:0
HER 59.3 132 1,050 39.7 for a = 40 3.40 for b = 3 40:40:1
59.6 133 1,058 40.0 3.40 40:40:0
Values of oxygen uptake are expressed relative to unit body mass (ml/kg/min).
a:desired values of oxygen uptake, 10, 20, 30, and 40 ml/kg/min;b:a desired value of knee joint reaction force normalized by body weight,
3 [−];VER:volitional cycle ergometer;HER:HTS (hybrid training system) with a cycle ergometer.

V. 考察
 過酷な極限環境において,信頼性向上を目的とした実験を繰り返し実施することは困難であろう。シミュレーションの利点は,実験では行えないような条件も加味することが可能であり,種々のケースを試行できることにある。このような試行を繰り返し,ある目的に適した条件を定量的に提言することが可能である。しかし,結果の解釈に当たっては,モデリングの緻密さや付与した仮定を考慮する必要があり,定性的な提言に止まることもある。さらに実験による測定値との比較・検証は,モデルの妥当性を判断する上で不可欠である。
 自転車エルゴメータを用いたサイクリング実験と同一の条件を,筋骨格系モデルによるサイクリングに適用した。酸素摂取量を比較したところ,よく類似した結果となった(Fig. 3)。この事実を勘案すれば,0 gで求める酸素摂取量も意味があると考えられる。矢部ら25),Hansenら10)は,ペダル回転速度が一定であるとき,酸素摂取量の増加は機械的負荷量の増大と線形な関係にあると述べているが,Fig. 3も同様の結果であった。Fig. 3のHER実験では最大耐用電圧の80%を刺激強度としたが,シミュレーションにおいては大腿四頭筋で最大筋発揮力の2%,ハムストリングスで同10%の割合で計算した。80%最大耐用電圧HTSの膝関節筋収縮力は最大筋発揮力の20%弱である15)
 HTSでは皮膚表面から目的の筋を電気刺激する。皮膚表面からの刺激点は,皮膚表面に貼付した電極から運動神経までのインピーダンスや神経軸索枝の大きさと形態学的な配向の影響を受け,逆サイズの原理が成り立つ割合は少ない6)。また,末梢運動神経が筋腹に侵入する解剖学的な運動点(motor entry point)9)とは必ずしも一致しない8,9)。このためユーザマニュアルなどで供される解剖図を参考にした刺激電極の貼付は,一貫性のない筋出力,不快感,また有害反応が起こる可能性がある9)。さらに,電気刺激に適した刺激点は個人差がある4)。このため,表面電気刺激では筋収縮力が良好に得られる効果的な刺激領域を丹念に探索9,23)し,領域を覆う電極を貼付することが重要である。このような点に留意してなされた生体への電気刺激は,シミュレーションにおける対象筋が全体的に活動する理想的な状態とは異なる。このためシミュレーションでは,対象筋が低活動レベルでも,実験以上の効果をもたらしていると考えられる。
 HTSは,拮抗筋活動を主動筋の運動抵抗とする同時収縮形態であり,基本的に内部エネルギー消費を誘導する。HTSの拮抗筋への電気刺激強度が適量な範囲内では,筋動員が同時収縮周囲筋群の最小疲労基準5)に基づき協調して主動・拮抗筋力がバランスしており,シミュレーションにも同様の機序が適用されている1,18)。Fig. 4では0 g VER・HERサイクリングの酸素摂取量が1 gの場合と比べ微増した。これは地上でのサイクリングにおいて,重力がペダル踏込時には踏込力のアシストとなり,ペダル上昇時には制動力として作用するためである。0 g において,1 gと同様の機械的負荷の下で同じ回転速度を実現しようとすれば,アシスト力と制動力の作用を筋力にて代償する必要があり,酸素摂取量が増大したと考えられる。またFig. 4のシミュレーションにより,回転速度が一定のとき,実際の微小重力下においても同様の線形特性が予想され,1 g,0 gにかかわらず,HTSは,ある一定幅で酸素摂取量を効率よく増加させることが期待される。
 Fig. 5は0 g環境で機械的負荷と回転速度を変化させた場合の酸素摂取量を示している.酸素摂取量は,Fig. 4同様に機械的負荷増加に対して線形的に増えたが,回転速度に対しては2次曲線状に増加した。VERでは緩やか,HERでは顕著な増加を示した。1 gの場合もほとんど同じ結果である。得居22)は,外部に仕事をしない機械的負荷0 Wのサイクリング運動を実施し,酸素摂取量とペダル回転速度の関係が2次曲線となることを示した。また80 rpm以上での増加は顕著であった,と報告しているが,シミュレーション結果でも80 rpm近傍から同様の傾向を示した。Fossら7)は0 W以上での酸素摂取量とペダル回転速度の関係を調べ,350 Wの機械的負荷では酸素摂取量が80 rpmでU字状の増加を認めている。Fig. 5の回転速度-酸素摂取量を5 rpm刻みで再計算して変化点(change point, CP)を求めた(JMP 9多変量管理図,SAS Institute Inc.,米国)。各機械的負荷での変化点を平均したところVER,HERともに約70 rpmであり,先の80 rpmに近い値となった。同図の曲線は,1分当たりの換算量である酸素摂取量の値に回転速度比を順次乗じた線形成分と,変化点近傍からの非線形成分が加算された2成分からなる。実験と同様に,シミュレーションによる酸素摂取量とペダル回転速度の関係が2次曲線状になる機序の検討は,今後の課題としたい。
 運動強度や骨圧縮力の目安として,酸素摂取量と膝関節反力がある希望値を満足するように,最適サイクリング条件を求めた(Table 1)。酸素摂取量は日本人(若年男性)の自転車エルゴメータサイクリング時の最大酸素摂取量基準域平均20)の25, 50, 75, 100%相当,膝関節反力は歩行実測で求められた測定値17)の大きめの値である体重の3倍とした。Seaburyら19)の地上VERサイクリングにおける膝関節反力の大きさは不明であるが,日本人の最大酸素摂取量基準域平均の100%相当(酸素摂取量40 ml/kg/min)に対する彼らの最適なサイクリング条件は約60 rpm,245 Wとなっている。0 g VERサイクリング運動モデルによる最適条件77.2 rpm,241 Wは,Fig. 4から1 g,0 gの酸素摂取量の差異は微小とすれば,1 g実験値と大差はないと考えられる。HERサイクリングでは,HTSによる拮抗筋の遠心性筋収縮力とつり合うための主動筋の筋収縮力増大が求められ,結果として関節反力や酸素摂取量が増加する。同一希望値に対して,シミュレーションHERの場合,回転速度が遅くなり,機械的負荷は半減している。すなわちHERは,主動筋に大きな筋収縮力をもたらすため,同じ希望酸素摂取量において,VERの回転速度より低速域でのサイクリングが望ましい。低速化は筋収縮力の増加を促すため,関節反力の実現値は希望値より大きめな値となっている。また,HTSの筋同時収縮が,外的な機械的負荷による酸素摂取量を代償し,HERサイクリングでの機械的負荷を半減させた。こうした傾向は,エルゴメータによる運動強度設定方法に融通性を与え,運用上の利点と考えられる。
 松尾ら14)の研究の趣旨は,宇宙環境において心機能を維持しつつエネルギー消費を低減させることである。この趣旨を踏まえ,運動強度の目安となる酸素摂取量と筋骨格系萎縮対策のための関節反力に希望値を設け,同時にエネルギー消費の低減を実現する最適化手法を検討した。目的関数(2)を最小とする最適化において,エネルギー消費項の追加,すなわち重み係数をw3 > 0とすることで,酸素摂取量の実現値を希望値より小さくしエネルギー消費の低減を図ることが可能である。w3 = 0では酸素摂取量を希望値と一致させることができる。ただしTable 1での値は目的関数(2)に基づくものであり,エネルギー消費の低減量の適用に当たっては,重み係数の試行錯誤的な調整が必要である。


VI. まとめ
 筋骨格系の計算機モデルに,自転車エルゴメータサイクリング時の大腿四頭筋とハムストリングスに電気刺激相当の筋活動を加え,酸素摂取量のシミュレーションを実施した。地上での測定値とよく一致する結果が得られ,HTSを併用するサイクリング運動モデルの妥当性が示された。これにより実験の事前の予測や評価が可能となる。しかしモデルでの筋活動は理想的なものであり,実際の表面電気刺激との刺激強度と対比する際には留意が必要である。
 モデル解析ではパラメータの変更が容易であり,重力や刺激強度,機械的負荷などを変更したシミュレーション結果から,酸素摂取量の調整には刺激強度の変更が効果的であることが示唆された。さらに,希望する酸素摂取量と関節反力の実現に最適化手法が有効であり,目的関数の重み係数の設定で,運動強度をあるレベルに維持しつつエネルギー消費をどの程度低減できるか,検討した。
 不活動性廃用の軽減や防止の観点から,運動強度に関節反力やエネルギー消費を加味した最適サイクリング運動条件の提案は斬新と考えられる。拮抗筋電気刺激サイクリング運動モデルによる1 g下の酸素摂取量のシミュレーション結果は実験結果とよく一致し,モデルの妥当性が確認された。また,所望する酸素摂取量および膝関節反力のもとでの0 g VER・HERサイクリングの最適条件の比較から,HTSがペダルの回転速度と機械的負荷を減少させ,受け入れ可能なトレーニング条件を得るのに効果的方法であることを示した。


謝辞
 本研究の一部は,JSPS科研費JP26506014の助成によって行われた。記して謝意を表する。


文献

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