宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 139, 2016

ポスター発表

「宇宙航空」

2. 消化管ホルモンGIPが骨格筋細胞の分化に与える影響

鈴木 貴詞1,神田 悠佑1,稲垣 璃子1,秋山 慶輔1,横山 真吾1,後藤 勝正1,2

1豊橋創造大学・保健医療学部
2豊橋創造大学大学院・健康科学研究科

Effects of glucose-dependent insulinotropic polypeptide on the differentiation of skeletal muscle cells

Takashi Suzuki1, Yusuke Kanda1, Riko Inagaki1, Kesuke Akiyama1, Shingo Yokoyama1, Katsumasa Goto1,2

1Laboratory of Physiology, School of Health Sciences Toyohashi SOZO University
2Department of Physiology, Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University

【目的】 宇宙環境における微小重力下では,筋萎縮をはじめとする骨格筋組織の退行性変化が惹起される。これは,骨格筋が微小重力環境に曝露されることによって生じるタンパク分解能の亢進と合成能の低下に起因するものと考えられている。消化管ホルモンの1つであるglucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)は栄養摂取に伴い上部小腸K細胞から分泌され,以前はgastric inhibitory polypeptideとして知られ胃運動の抑制作用が知られていた。最近になって,GIPにはインスリン分泌を促すインクレチンの1つであることが確認され,タンパク合成促進や分解抑制などのインスリン様作用を有することが報告されている。しかし,インスリンの標的臓器かつ糖利用臓器である骨格筋に対するGIP作用は不明である。そこで本研究では,培養骨格筋細胞を用いてGIPが骨格筋細胞の分化に及ぼす影響を検討した。
 【方法】 まず,10週齢C57BL6Jのマウス骨格筋組織ならびにマウス筋芽細胞由来細胞株C2C12を用いて,成熟した骨格筋組織ならびに筋細胞の分化に伴うGIPおよびGIP受容体の発現をリアルタイムRT-PCR法により追究した。次に,骨格筋細胞の分化に対するGIPの影響を検討した。C2C12筋芽細胞を筋管細胞に誘導と同時に,異なる濃度のGIP(10 M-11〜10 M-8)を培地に添加した。その後,経時的に細胞を観察し,写真撮影を行うと共に,経時的にサンプリングした。培地は,2日に1回の割合で交換した。得られたサンプルからたんぱく質を抽出し,Bradford法により筋タンパク量を評価するとともに,GIP受容体m RNA発現量をリアルタイムRT-PCR法により評価した。また,得られた細胞画像より筋管細胞の直径を測定した。
 【結果】 マウス成体の骨格筋においてGIPおよびGIP受容体の発現がmRNAレベルで確認された。また,骨格筋細胞の分化誘導1日後から3日後にかけてGIP受容体mRNA発現量は約400%の増加が観察された。しかし,分化5日後には分化誘導1日後とほぼ同じレベルまで低下した。一方,C2C12の分化誘導時にGIPを添加すると,タンパク含有量および筋管細胞の直径が濃度依存的に増加した。
 【考察】 本研究では,骨格筋組織にGIPおよびGIP受容体が発現していることが確認され,GIPは培養骨格筋細胞の筋タンパク量ならびに筋管細胞の肥大をもたらすことが明らかとなった。したがって,生体内においてGIPは骨格筋細胞に作用して筋肥大を引き起こすことが示唆される。宇宙環境における骨格筋萎縮対策として筋力トレーニングが行われている。本研究により,GIP分泌を促進するような条件を確立することができれば,GIPと民力トレーニングの相乗作用により効果的な骨格筋萎縮防止策を策定することが可能となると考えられる。一般に,GIPは食事によりその分泌が刺激されることはよく知られており,GIP分泌を促すような食事の種類や摂取量,さらには摂取頻度を考慮した食事を検討するが,長期宇宙滞在に向けて重要であると考えられる。