宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 134, 2016

一般演題

「航空」

5. メディカルリソースマネジメントMRM開発と母体救命教育への導入

山下 智幸1,奈良 和春2,小山 武志2,神崎 恵子2,村井 正3,三宅 康史4

1日本赤十字社医療センター
2有人宇宙システム株式会社
3宇宙航空研究開発機構
4帝京大学医学部 救急医学講座

Medical Resource Management for Maternal Emergency Life-saving Education

Tomoyuki Yamashita1, Kazuharu Nara2, Takeshi Koyama2, Keiko Kanzaki2, Tadashi Murai3, Yasufumi Miyake4

1Japanese Red Cross Medical Center
2Japan Manned Space System Corporation
3Japan Aerospace Exploration Agency
4Teikyo University School of Medicine Department of Emergency Medicine

【背景】 医療技術が高度化・複雑化している現状で質の高い医療を提供するためには個人の医学的知識・技能等のテクニカルスキルTSだけでなく,チームパフォーマンスを高めて安全を確保するノンテクニカルスキルNTSが必要である。高い安全性が要求される航空分野のCrew Resource Management;CRMを用いたNTS向上,さらに有人宇宙分野のCRMをSpace Flight Resource Management;SFRMとして安全性向上に実績をあげていることから医療安全向上,延いては質の高い医療のためにも同様の技術導入も有効と考えられる。
 【目的】 医療版のNTS教育手法を開発し,多科・多職種・多部門連携を要する母体救命教育に導入する。
 【方法】 JAXA航空技術部門が開発しAIM-J(航空業界のマニュアル)に記載されたJAXA CRMスキルに加え,NASAの用いるSFRMを参考に,Medical Resource Management;MRMを開発し,日本産婦人科医会,日本産科婦人科学会,日本臨床救急医学会,日本麻酔科学会,日本周産期・新生児医学会等の7団体が設立した日本母体救命システム普及協議会J-CIMELSの作成する「J-MELS(母体救命)アドバンスコース」に導入する。
 【結果】 MRMスキルを1状況認識, 2意思決定,3ワークロード,4チームワーク,5コミュニケーションの区分に分け,1には警戒・分析・予測,2には解決策の選択・決定の実行・振返り,3には計画・優先順位付け・タスク配分,4にはリーダーシップ/フォロワーシップ・雰囲気づくり・意見の相違の解決,5には情報の伝達と確認・ブリーフィング/デブリーフィング・安全への主張と,各区分を3要素で構成した。さらに,各要素に行動指標PIを設けた。PIは医療現場の特性を考慮しつつ作成し,良好なマネジメントスキルを具体的な行動として表記した。これにより自己または他者のNTSに関連した行動を客観的に評価でき,NTSを教育可能なものとした。病態が複雑かつ致死的で時間的猶予が少なく,多職種連携が必要不可欠な母体救命の場面にMRMは有用と考えられ,教育コース開発時点でMRMを導入した。コース内容は宇宙飛行士および国際宇宙ステーションISS地上管制官のNTS訓練に実績を有するチームとも協働し作成した。4つのシナリオシミュレーションそれぞれに一般目標GIOと行動目標SBOsを設け,SBOsはTS関連項目とNTS関連項目を明確に分けた。シナリオの場面ごとに評価すべきMRMスキルを明記し,教育ツールに評価する仕組みを設けてインストラクターが評価を行いやすくした。
 【考察】 2016年10月からJ-MELSアドバンスコースを開催し全国展開していくが,改善点やMRMスキル評価が可能か継続的に検証する必要がある。さらに,母体救命以外におけるMRMスキルの教育手法の確立,評価方法の標準化,客観性の検証が課題である。今後は急変対応,救急初療,手術室対応等への展開も必要である。NTS訓練インストラクター養成にも取り組む必要があり,今後も航空・宇宙分野における安全な運用・訓練技術の,医療安全への応用が期待される。
 【結論】 航空・宇宙分野で用いられるCRM等を応用し,Medical Resource Management;MRMを開発した。母体救命教育コースにノンテクニカルスキル教育を導入するためにMRMを導入し,宇宙分野の教育訓練手法を応用した。