宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 132, 2016

一般演題

「航空」

3. 開腹手術の既往を有する操縦士の航空医学適性に関する検討

西山 潔1,田村 敦2,蔵本 浩一郎1,菊川 あずさ1,辻本 由希子1

1航空自衛隊 航空医学実験隊
2国土交通省 航空局 安全部

Review of Aeromedical Consultation Cases of Laparotomy in Japan Air Self-Defense Force (JASDF) Pilots

Kiyoshi Nishiyama1, Atsushi Tamura2, Koichiro Kuramoto1, Azusa Kikukawa1, Yukiko Tsujimoto1

1Aeromedical Laboratory, JASDF
2Aviation Safety and Security Department, Civil Aviation Bureau, Japan Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism

【目的】 操縦士が疾病に罹患した場合,疾患及び治療法等によって治療後の航空業務復帰についてそれぞれ規定されているが,防衛省,国土交通省で基準・規則等が若干異なる。軽度の手術を除き,開腹手術を受けた場合の航空業務復帰までの経過観察期間は,防衛省は3か月以上,国土交通省は消化管手術の場合は3か月以上,腹腔鏡下手術,腎・泌尿器・生殖器手術では1か月以上とされている。本邦における,開腹手術の既往を有する操縦士の実態についてまとめたので報告する。
 【方法】 過去10年間に当隊で航空医学適性を検討された開腹手術の既往を有する操縦士を対象とし,疾患,運用条件,術後航空業務復帰までの期間及び復帰後の経過等について検討した。併せて,平成27年度の国土交通省における外科審査症例についても検討した。
 【結果】 対象は全9症例(胃癌3例,直腸癌肝転移1例,前立腺癌1例,尿膜管癌1例,炎症性腸疾患3例)あり,術後から航空業務復帰までの期間は平均10.0か月で,その内,術後療法が実施された4症例は平均16.0か月,実施されていない5症例は平均5.2か月であった。機種は,多座席機操縦士8例,戦闘機操縦士1例であり,戦闘機操縦士は復帰時に複座機限定の条件を付与されていた。全例で航空安全上重大な事象は発生していないが,2例は疾患の再発・再燃により再停止とされ,再復帰はしていない。一方,国土交通省ではのべ50症例の審査があり,その内,動力機操縦士の新規審査7例(悪性腫瘍6例,生殖器疾患1例)について検討した。術後から航空業務復帰までの期間は平均7.1か月で,やはり術後療法が実施されていた症例で期間が長い傾向となっていた。腹腔鏡下手術3例は術後から復帰まで短期間であったが,最低3か月は要していた。人工肛門造設状態の操縦士は,1時間程度の試験飛行のみという運用条件での申請で,復帰を許可されていた。
 【考察】 開腹手術の既往を有する操縦士は,運用を制限されている例もあるが,航空業務復帰後に重大な航空安全上の問題は発生していなかった。復帰後の操縦士としての予後は,疾患の根治性によるところが大きく,「開腹手術の既往」自体が明らかに影響した症例はなかった。原因疾患は悪性腫瘍が多く,手術後から復帰までの期間は,疾患の重症度,合併症/併存症の有無の他,疾患特有の術後療法の有無に大きく影響されていた。