宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 114, 2016

宇宙航空環境医学会若手の会

「宇宙旅行 〜私も宇宙に行けますか?」(公開講座)

1. 宇宙旅行〜私も宇宙に行けますか?

水野 光規1,河野 史倫2

1あいち小児保健医療総合センター 総合診療科部 救急科
2松本大学大学院 健康科学研究科

Space Tourism─Can I go into space ?

Mitsunori Mizuno1, Fuminori Kawano2

1Division of Emergency Medicine, Aichi Children’s Health and Medical Center
2Graduate School of Health Sciences, Matsumoto University

【背景】 準軌道宇宙飛行(suborbital spaceflight)による短時間の宇宙旅行は,民間企業で販売される時代となった。より一般化すれば多くの人が生涯一度は宇宙空間(微小重力空間)を体験できる時代も訪れるであろう。さらに,準軌道宇宙飛行を活用し2地点間移動時間が大幅に短縮すれば,観光のみならずビジネスへの利用も見込まれる。
 【宇宙旅行】 宇宙とよばれる高度に関する明確な定義はないものの,FAI(Fédération Aéronautique Internationale,国際航空連盟)の定義する高度100 km以上がよく用いられ,Karman Lineと呼ばれている。高度100 km未満でも「宇宙旅行」と呼ばれる商品は存在する。
 【宇宙旅行の種類】 (1)軌道飛行,(2)準軌道飛行,(3)その他に分類できる。(1)軌道飛行は,宇宙ステーションへの滞在等が該当する。20〜40億円必要で,十分な訓練が必要である。(2)準軌道飛行は弾道飛行ともよばれ,短時間の宇宙空間滞在を経験するものである。25万米ドル(約2,700万円程度)で販売中の民間企業もあり,実現に向け実機試験が進められている。他にも,より低価格での準軌道飛行実現に向け準備を進める企業もある。(3)その他では,高度100 km未満であるが準軌道飛行(約60 km)や気球・パラフォイルを使用した成層圏飛行(約36 km)で宇宙空間と青い地球を眺める旅行の実現に向け準備を進める企業がある。またパラボリックフライトによる無重力体験や宇宙旅行訓練を企画販売する企業は本邦でも既に存在し催行実績もある。
 【宇宙飛行士と旅行者】 宇宙飛行士の健康管理の分野では,宇宙飛行士を「宇宙に赴き宇宙で作業をする労働者」ととらえ,労働条件に起因する健康障害を予防し,健康と労働能力の維持および促進,安全と健康が確保できるよう作業環境と業務を適切に管理すること等について研究が進んでいる。宇宙飛行士は特殊訓練に臨み,健康な身体を維持すべく医学検査や運動栄養指導等を受け,また緊急時の応急処置が互いに可能な体制を整えている。民間の宇宙旅行会社による宇宙旅行においても一定の訓練は必要となる場合も多いが,宇宙旅行の種類・内容に応じて,その旅行者に求める訓練や健康基準については労働者である宇宙飛行士のものとは異なってくる。
 【旅行者に対する宇宙医学】 微小重力環境においては,筋変化,骨量減少,循環器系変化,視覚障害,頭蓋内圧の変化,前庭神経系への影響(宇宙酔い),宇宙放射線などの研究が進められている。宇宙旅行においては旅行者が行く高度,滞在時間,微小重力空間での行動内容等により宇宙飛行士ほど厳格な対策が必要でない項目もある一方,訓練や健康管理が不十分な民間人にいまだ高額な宇宙旅行という商材を販売する以上,宇宙酔い対策など旅行者の満足度を損なわないための対策が必要となったり,応急処置をはじめ旅行者の安全管理が可能な体制など,旅行ならではの対策が必要となる。
 【歴史考察】 1903年,Wright Flyerが初めて動力付有人飛行に成功し,16年後には初の定期旅客便が就航した。1960年代には旅客機が大衆化していき,1969年には旅客・貨物の大量輸送を可能にしたBoeing747型機が登場した。一方,宇宙開発においては1961年ボストーク1号で初の有人宇宙飛行が実施され,1969年に初の有人月面探査実施,1981年にはスペースシャトルが打ち上げられた。2016年現在,民間企業による宇宙旅行は着々と準備が進み,もし航空の歴史と同様約60年で大きな変化が起こるとすれば,来る2020年代には大衆化が進む可能性がある。
 【結語】 宇宙旅行の実現・発展に寄与すべく,日本宇宙航空環境医学会・若手の会として取り組んでいく。