宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 112, 2016

シンポジウム 7

「航空機内ドクターコールと善きサマリア人の法(宇宙航空認定医シンポジウム)」

4. 日本における機内医療行為の法的検討および「よきサマリア人の法」への期待

三浦 靖彦

東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部

Legal and Ethical Aspect of Onboard Medical Emergency in Japan

Yasuhiko Miura, MD., PhD.

Jikei University School of Medicine, Department of General Medicine

航空機内に偶然搭乗していた医療従事者が,援助要請により治療等を行う場合のみでなく,一般人が交通事故等の際に援助を行うことも含め,欧米では「善きサマリア人の行為」,つまり隣人愛に基づく善意の行為として,当該行為を保護・推奨する方向で法的措置が為されている。米国では50州すべてとコロンビア特別区に「善きサマリア人法」と呼ばれる法律が制定されており,1998年にはAviation Medical Assistance Act of Samaritan Lawという航空機内に適用される連邦法も制定されている。
 わが国では,これに該当する法律はないが,当該行為は民法上「事務管理」もしくは「緊急事務管理」に相当し,免責されるという解釈がある。同様の考えは,総務庁長官官房交通安全対策室「交通事故現場における市民による応急手当促進方策委員会報告書(平成6年3月)」にも述べられている。
 大塚によると,同医師の勤務する病院で,機内医療行為に対するアンケート調査を実施したところ,67/176名の回答(38.1%)で,ドクターコールの経験者は4.5%,未経験者は95.5%であった。ドクターコールに遭遇したら申し出ると回答した医師は41.8%,申し出ないと回答した医師は7.5%であった。ドクターコールに医師が応じないと思う理由としては,ドクターコールに際して急病人の病状がアナウンスされず自分の専門領域の範囲か否かわからない74.6%,法的責任問題を問われたくない68.7%,仕事中ではない43.3%,搭載されている医療品がよくわからない21.0%であった。
 ドクターコールの申し出率を上げるためによきサマリア人法を新規立法することが必要だと答えた医師は52.2%であったと,報告している。(大塚祐司 宇宙航空環境医学41:57-78, 2004)
 「善きサマリア人の法」はコモン・ロー(英米法)上のGood Samaritan doctrineに基づいており,基本的には民事上の概念である。コモン・ローでは,法律上の義務又は権限なく他人の事務を行うことは,いわばお節介であるとみなされることもあり,大陸法の事務管理に相当する制度が発達していない。そのため,この法理は,不法行為法における責任軽減事由として位置づけられている。これに対し,日本の法体系の源流である大陸法では,法律上の義務又は権限なく他人の事務を行った場合の処理に関する事務管理という制度がローマ法以来存在しており,その中で事務を管理する者の義務内容として位置づけられており,特段,善きサマリア人の法に相当する法理が要求されているわけではない。
 医師の応召義務については,日本における過去の判例から,飛行機などで移動中の医師に対してまで応招義務は課されないとの考え方が適切と思われる。(判例タイムズ,519,221-230,1984)
 以上,機内医療行為に関する法的解釈としては,判例がないことから,憶測の域を脱せず,いわゆる「法の欠缺」の状態である。
 医師賠償保険の適用については,
 ① 国内線の場合,適用可能
 ② 国際線の場合,日本領空内であれば航空機の国籍に関係なく適用可能
 ③ 無主地上空においては日本国籍の航空機の場合のみ適用可能
 ④ 外国領空内においては航空機の国籍に関係なく適用不能
 (三浦靖彦 ほか。航空機内における医療行為について。治療 83,2071-2076,2001)と報告されており,今後,更なる討論が必要である。