宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 111, 2016

シンポジウム 7

「航空機内ドクターコールと善きサマリア人の法(宇宙航空認定医シンポジウム)」

3. 全日本空輸におけるドクターコールの現状と「ANA Doctor on Board制度」の概要について

島田 敏樹

全日本空輸株式会社 人財戦略室 労政部 東京健康管理センター マネジャー産業医

Current state of onboard medical emergency and strengthening support services with the start of the new “ANA Doctor On Board” service

Toshiki Shimada

Chief Medical Doctor, Tokyo Health Services, ALL NIPPON AIRWAYS Co., LTD.

就航便数の増加,ならびに国際線利用旅客数の増加に伴って,ANAグループ運航便機内で発生する急病人の数は増加傾向にあり,現在年間250人程度の急病人の発生を認めている。またこれによる運航への影響(引き返しや緊急着陸など)も年間10便以上にのぼる。最近5年間における急病人の内容については,従来から報告しているものと同様の傾向にあり,意識障害が最多であるほか,けいれんや腹痛・呼吸困難などを多く認めている。急病人発生時に機内で行う医療関係者の呼び出しアナウンスに対し,協力いただいた医師・医療関係者の数も増加傾向にあり,呼び出しアナウンス回数に対する医師呼応回数の割合は,最近5年間では70〜80%となっている。
 ANAでは,機内で発生した急病人に迅速に対応するための医薬品・医療用具を以前から搭載しており,医療関係者の協力もあり毎年使用実績も上がっている。この他機内での医師呼び出しに呼応が無い場合の対策として,米国Medair社と契約し,緊急時に衛星回線を利用して24時間体制で医療ケアや専門家によるアドバイスを受けることのできるMedLink Serviceも導入している。今回これらの医療サービスに加えて,急病人発生時に迅速に客室乗務員からの対応要請および医療援助を頂くための制度(ANA Doctor on Board制度)を平成28年9月より開始した。この制度は,弊社マイレージクラブの会員かつ日本人医師の方で,機内で急病人発生時に対応に協力いただける医師を募集し,あらかじめ弊社に登録いただくものである。登録医に対しては機内に装備してある医薬品・医療用具を開示するほか,医療行為を受けられた急病人に対する損害賠償責任が発生した際,ANAが主体となって対応を行うなど,機内での医療行為に協力いただける医師に,安心して対応頂けるような環境作りを行うことを目的としている。
 この制度により,搭乗客に安心してANA便を利用いただけるようにすることや,外国人急病人との意思疎通のための多言語対応タブレット端末を搭載するなど,グローバル・ユニバーサル対応への体制も順次構築中である。なおANA Doctor on Board制度においては,急病人が発生し客室乗務員から登録医に要請を行った場合においても,協力を強制することはなく,あくまでも任意での協力をいただくこととしている。
 ANA Doctor on Board制度はすでに700余名の医師に登録をいただいているが,現在のところ登録医に対して,弊社独自の特典を付与することとしており,善きサマリア人法における無償の精神とは異なる対応となっている。日本版善きサマリア人法制定の目途がない現在,法律制定までの間は,加入している航空連合とも協調しながら制度として運用を継続する方向であり,今後も医師ほか医療者の意見や要望をいただきながら,制度として発展させていく予定である。