宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 110, 2016

シンポジウム 7

「航空機内ドクターコールと善きサマリア人の法(宇宙航空認定医シンポジウム)」

2. 日本航空におけるドクターコールの現状と「JAL DOCTOR登録制度」の概要

大久保 景子,恩田 美湖,大塚 泰史,松永 直樹,牧 信子

日本航空株式会社 運航本部 運航乗員健康管理部 兼 人財本部 健康管理部

The current status of inflight medical care and “JAL DOCTOR Registration System”

Keiko Okubo, Yoshiko Onda, Yasushi Otsuka, Naoki Matsunaga, Nobuko Maki

Japan Airlines Co., Ltd.
Flight Crew Medical Services Flight Operations & Medical Services Human Resources

【目的】 近年,我が国における渡航者数は年々増加の一途をたどり,それに伴う航空機内での急病人発生数も増加し,これらの救急患者への対応について関心が寄せられている。航空機内における傷病発生の現状を明らかにし,これまでの急病人発生の対策について評価することを目的とした。
 【方法】 2011年4月1日から2016年3月31日までの診療記録や乗務員報告書類等を用いて,年度毎の機内傷病発生数,ドクターコール発生数/実施率/応答率,ドクターズキット使用率/使用薬品内訳,救急搬送/緊急着陸率,等について検討した。
 【結果】 年度毎の急病人発生数は,国内線300人前後,国際線550人前後であり,10万旅客あたりに換算すると発生数に大きな変動はなかった。ドクターコール実施数は国内線10万旅客あたり0.1〜0.2名,国際線で2.2名前後であった。ドクターコールが対象となった症例は国内線20%,国際線27%であり,医師による援助は70%前後,歯科医師,看護師,救命救急士を含めると約90%の援助が得られた。ドクターコール対象症例の主症状は意識障害が最も多く45%程度であった。意識障害の中には,脳血管障害を疑うものや心肺停止例も含まれるが,起立性低血圧や神経調節性失神が疑われる症例が多かった。ドクターズキットの使用率は国際線で約30%で,国内線国際線とも補液用の生理食塩水の使用が多かった。離陸直前に機内傷病が発生しゲートに戻る場合は精神神経症状が最も多く30%を占め,パニック障害の既往が目立った。目的地以外の空港への緊急着陸症例は,10歳未満と50歳代以降の二峰性を認め,60%が意識障害であった。
 【考察】 現在日本航空では1日約800便を運航しているが,今回の結果では,およそ1日に2.0件前後の割合で機内傷病が発生していることになる。これら機内傷病の発生に対して,日本航空では,航空局の通達に基づいて選定した医薬品・医療器具としてドクターズキット・蘇生キット・AED,市販薬を入れたメディシンキットを全機に搭載している。また機内にある衛星電話を用いて,提携先の医療センターに連絡し,日本人救急専門医から助言をもらう体制を整えている。機内の医療行為に対する法的責任については,機内での医療援助に起因して,民事上の損害賠償責任保険が発生した場合には,故意・重過失の場合を除き当社が付保する損害賠償責任保険を適用するシステムを設けている。2016年2月からは,日本医師会と提携して,機内で急病人が発生し医療援助が必要となった場合,事前に登録した医師に客室乗務員が直接依頼し,迅速に対応できることを目的とした「JAL DOCTOR登録制度」システムを運用している。
 民間の航空機は,ドクターヘリのような病人を乗せる「空飛ぶ救急車」ではない。もし機内で急病人が発生した場合,善意で申し出た医療従事者が,絶え間ない騒音と揺れの中で,限られた医薬品と医療器具を用いて,欧米のような「善きサマリア人の法」などの法的整備もない状況で,医療行為を行っているのが現実である。今後,快適な空の旅を楽しんでいただく旅客のためにも,善意で医療援助してくださる医療従事者のためにも,機内搭載医薬品の適正化や,欧米のような法の整備を進めることが今後の課題ではないかと考えている。