宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 109, 2016

シンポジウム 7

「航空機内ドクターコールと善きサマリア人の法(宇宙航空認定医シンポジウム)」

1. 国内外における機内搭載医薬品等の現状について

燗Y 一典

(財)航空医学研究センター

The present status of the content of domestic and overseas emergency medical kit on board aircraft

Kazunori Takazoe

Japan Aeromedical Research Center

我が国の航空機内搭載医薬品に関する規定は,2000年の「救急の用に供する医薬品及び医療用具について」と題された航空局長通達以来16年改訂されていない。その間に,医学の進歩,医薬品の世代交代があり,以前に行われていた治療法が禁忌となっている場合さえある。一方,旅客数自体が増加しつつあり,機内救急イベントの内容にも変化がある可能性もある。本講演では,1. 日本航空と全日本空輸以外の,客席数60席以上を有する航空会社からの機内搭載医薬品に関するアンケート結果,2. 上記の我が国の航空局長通達内容,そして3. 海外における機内搭載医薬品に関する動向,について提示し,どのように我が国の機内搭載医薬品内容を改訂していくかを考える材料としたい。
 当センターにおいて2016年5〜6月にかけ機内での医薬品の使用状況に関する質問票調査を行い,2010年から2015年の情報を集計した。医師の判断を必要とする救急イベントは,その3/4が飛行時間1〜2.5時間の間に極めて低率ながら発生し(イベント数/年間総便数0.008%),症状として意識消失,意識低下及び消化器症状が全体のほぼ半数を占め,以下けいれん,心臓疾患と続いた。搭載医薬品の使用を必要とした事例そしてAEDの使用又はCPRが施行された事例があることも判明した。一方で,医薬品の使用経験のない航空会社も存在した。持病があり,症状を発症した際に携帯する常用薬を使用した,という事例も認められた。
 我が国では上述のように,航空局長通達により機内救急キットの内容が明記されている。その骨子は,1. 装備が必須の医薬品及び医療用具,2. 装備が任意の医薬品及び医療用具,に要約される。そして,1. では,国内線と国際線の間で医薬品の種類及び数量にある程度の差別化が示されている。本シンポジウムで別に提示される国際線における最近の機内救急イベントの現状も含めて考慮し,通達内容が現代に即しているか,必須医薬品はそのすべてを「必須」とすべきか,差別化はこのままでよいか,等の観点から検討が必要と思われる。
 次に2016年現在世界で推奨されている機内搭載キットの一つで,機内搭載医薬品の内容を検討する上で参考となるemergency medical kit (救急医療) 内容に関する今までの変遷について触れる。同キットを見直す機運が世界的に高まった1998年,キット内容の確認とその使用状況が調査された結果に基き,AsMAから最初のrecommendationが発表された。「航空機は空のタクシーであり救急車ではない」という方針に基づいて作成され,またいかなる国の法規にも取って代わるものではなく各国の事情による裁量を認めた「推奨」という位置づけである。その後,2002年,2007年,2015年の3回の改訂が行われ,不要と思われる医薬品は削除され,逆に新たに追加され,現在に至っている。また2002年の改訂後より,ICAO,IATAがAsMAでの議論に参加し,現在,AsMA,ICAO及びIATAの機内搭載救急キットの関する記載内容は細かい表現の差異を除き,ほぼ同じものとなっている。
 我が国の機内搭載医薬品の内容が,機内救急イベントの現状を基に,また海外の情報を参考にして,現代に即したものに改訂されることを期待している。