宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 105, 2016

シンポジウム 5

「宇宙エレベーター」

2. 宇宙旅行時代と閉鎖環境

嶋宮 民安

有人宇宙システム(株)

Space Travel and Confinement

Tamiyasu Shimamiya

Japan Manned Space Systems Co.

宇宙ステーションによる長期宇宙滞在が実現し宇宙開発は探査にシフトする。スペースXやボーイングがISSへクルーを運び,Bigelow AerospaceはISSで膨張式モジュールのテストを行った。低軌道での民間企業による宇宙開発が活発になると観光客,添乗員,研究者,作業員などその他様々な役割のクルーが数多く宇宙に共存することになろう。搭乗員数が多くなれば,個々に現在の宇宙飛行士のような高い選抜基準,長期訓練等にコストをかけることが現実的でなくなり,これまで以上に閉鎖環境の問題を解決する必要に迫られる。過去,宇宙長期滞在を模擬した閉鎖環境実験がいくつか行われており,南極越冬などを含めたこれらの例が将来有人宇宙インフラでの健康管理の参考になると考えられる。これまでの閉鎖環境実験例を紹介し,大衆化された有人宇宙飛行で生じ得る問題について考察した。
 過去ESAが行ったEuropean Manned Space Infrastructure (EMSI)シリーズの閉鎖実験ではメンバーの孤立, 不快感,緊張感が高まり,管制要員への不満が見られ,また男女混成の場合は,緊張が弱まることも報告された。一方,Simulation of Flight of International Crew on Space Station (SFINCSS)-99 実験では混成メンバーが影響したと思われる問題も発生した。水夫による10日間の閉鎖実験では帰宅できる対象群はストレスが少なく,日常生活やプライベートが重要であることが示唆された。南極の昭和基地では入浴ができ,アルコール摂取が可能である。食事は大きな精神的な支えとなり,「村」としての自治がモチベーションを維持している。また,自明ではあるが基地の公用語は日本語であり自国の文化にそって生活もしやすい。
 滞在人数の増加,クルー選抜の簡略化により将来の有人宇宙インフラにおけるストレス, コンフリクトは増大するため,食事,娯楽,プライベートエリアなど,なるべく地上に近い生活環境の確保を考慮せねばならない。不特定多数のクルー,カーゴによりもたらされる微生物のコントロールも大きな課題であり,健康が維持できないクルーのために駐在ドクターや遠隔医療の充実が必須となる。また,地上とのコンフリクト回避にはある程度自立的な運用がクルーの士気を維持すると言われているが,どの程度の自立が良いかは検証が必要であろう。大衆化された低軌道滞在によって蓄積された技術や経験が,惑星探査の実現を後押しする土台を作ると予測される。