宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 100, 2016

シンポジウム 3

「Biosphere」

3. 人工閉鎖生態系でのストレスモニター

嶋宮 民安

有人宇宙システム(株)

Stress Monitoring in Biosphere Experiment

Tamiyasu Shimamiya

Japan Manned Space Systems Co.

1991-1993年に米国アリゾナ州で行われた人工閉鎖生態系実験 「Biosphere 2」は2年間,男女4人ずつ合計8人のクルーが生活した大規模なものであり,居住者は自薦により参加した熱意のある科学者たちであった。結果的にグループは分裂し,グループ同士のコミュニケーションは次第に減っていったと言われている。また,土壌微生物の作用による酸素濃度の想定外の減少で呼吸が苦しい中での生活となり,生命の危機感から精神的な不安にも繋がった。この状況を脱すため外から酸素が供給されたがこれに対し世間から実験に対する意義が問われ,さらに実験管理者との対立に至るなど,クルーにとっては心理的にもストレスが多い生活であったことが知られている。また,食事は基本的に菜食がメインとなり全員健康体ではあったものの,体重が開始前から平均17%も減少している。
 一方,2005-2007年にかけ最長約1ヶ月に及ぶ有人実験が10回以上繰り返された六ヶ所村の閉鎖生態系実験施設(Closed Ecology Experiment Facilities)「ミニ地球」実験のクルーは,選抜試験を経て採用され実験開始までには施設を運用する体系的な知識があった。人数は2名,滞在期間も短いためBiosphere 2との直接的な比較は難しいかもしれないが,湿式乾燥トイレ不具合による窒素酸化物により頭痛に悩まされることが度々あり,人工閉鎖生態系では空気の管理が非常に難しいことを物語る。代表的なストレスホルモンであるコルチゾール値は環境変化となる実験前後に上昇し,Biosphere 2との共通点も見られた。ミニ地球クルーも菜食をし,最初に数パーセントの体重減少がみられた後は安定傾向を示した。菜食は心身をより安定させる傾向もあり,十分なカロリーが摂取されている限りクルーは明らかに健康体で生活することができた。
 人工閉鎖生態系では生命維持にもっとも重要な空気,水,だけでなく,食料生産や排泄設備までが一つのサイクルに組み込まれ,どれが欠けてもクルーに生理的,心理的ストレスを与える。ミニ地球実験の物質収支は完成度が高くより綿密に管理されていたことがクルーへの安心,信頼,自立心を与えていたと考えられる。