宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 92, 2016

シンポジウム 1

「動植物の重力応答を探る」

5. 植物細胞の重力反応とその分子機構の推定

辰巳 仁史

金沢工業大学 応用バイオ学科

Toward the understanding of the gravity sensor and the molecular mechanism of gravity responses in seedlings of Arabidopsis thaliana

Hitoshi Tatsumi

Department of Applied Bioscience Kanazawa Institute of Technology

植物の重力に対する向きを変化させると,その茎は重力の作用する向きの逆の方向に向きを変える(負の屈地性)。一方で根は重力の向きに伸長する(正の屈地性)。この応答は植物を暗箱に入れて見られる。このことから重力方向に依存した現象であることは古くから知られており,コルメラ細胞にある重力受容装置がこの反応に重要な役割を持つと考えられている。しかし重力受容の分子レベルでの仕組みは現在も詳しくは分かっていない。
 重力に対する方向を変える刺激をシロイヌナズナ芽生えに与えると細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+c)が上昇する(Toyota et al., 2008 & 2013 Plant Physiology)。屈地性反応が概ね数分から時間のオーダーで観察されるのに比べて,この反応は時間経過が早い。[Ca2+cは30秒以内に上昇し,1分程度で最大になり数分でほぼ元に戻る。そこからこの[Ca2+c上昇は高等植物における重力受容の初期過程を反映していると考えられる。地上実験では植物を回転することで重力刺激を行う。この実験手順のために植物へ回転刺激と重力方向の変化の刺激を同時に与えたことになる。植物は回転刺激に対しても[Ca2+c上昇を示す(10秒の短い[Ca2+c上昇)ために,重力刺激のみを与えた時の[Ca2+cを研究することは困難であった。我々は航空機実験において生み出されるμG環境で植物体を回転し,その後のμGから1.5 Gへの重力変化を使うことで,重力変化のみで引き起こされる[Ca2+c上昇を調べることができた。
 我々がこれまで行ってきたμG,1 G,過重力環境(5 G)において植物へ重力刺激を行った時の[Ca2+c応答を紹介する。また上記の[Ca2+c応答にたいする薬理実験の結果を紹介し,植物細胞における重力刺激に対する[Ca2+c上昇の分子メカニズムのモデルを紹介する。