宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 86, 2016

シンポジウム

「御手洗玄洋先生 追悼シンポジウム」

3. 網膜基礎医学と臨床の接点

三宅 養三

愛知医科大学 理事長

Points of contact between retinal basic research and clinical medicine

Yozo Miyake, M.D.

Chairman of Board of Director, Aichi Medical University

日本人が発見した網膜疾患は小口病(1907年),高安病(1908年),原田病(1914年)が国際的に認知されている。これらはすべて1900年代初頭に発見されており,いずれも眼底に特徴的な変化が見られ,この時期の眼底観察器具の進歩と同調している。我々は1980年代の後半に3つの新しい遺伝性網膜疾患を同定し,完全型先天停止性夜盲(CSNB1),不完全型先天停止性夜盲(CSNB2),Occult macular dystrophyと命名した。これらの眼底はすべて正常であり,新疾患発見の鍵は網膜電図(ERG)の解析によるものであった。現在この病名は国際的に使用されている。
 私は眼科医であるが,ERGを深く知るため若き時代に御手洗教室で網膜基礎医学の洗礼を受けた。実際に行ったのは網膜細胞全体の総和的反応であるERGではなく個々の網膜細胞内電位記録であったが,特に双極細胞(BC)に興味を持った。BCはON経路とOFF経路に連結する2種類があり,個々に障害されるとどのように見えるのかが興味の的であった。眼科でBCにのみ異常のある疾患はないかを探したが,先天停止性夜盲(CSNB)がBC疾患であるといわれていた。ERGを駆使した我々の分析によりCSNBはON型BCのみが完全に機能を失うCSNB 1と,ON型,OFF型BCともに不完全に機能が低下するCSNB 2の2つの疾患からなることがヒトと猿の研究から判明し(1986),後にこの2つの疾患の責任遺伝子が異なることが実証された(Nat Genet 1998, 2000)。
 網膜の黄斑部は最も視機能に重要な小さな部位であり,そこからERGを記録しようと1976年から長年研究を重ねた。御手洗教授のお骨折りでCanonの協力を得て,歴史上最も情報量の多い黄斑部局所ERG装置を完成した(1987)。この装置を用いて黄斑部が全く正常所見を示すのに黄斑部の細胞だけが異常をきたす遺伝性疾患を初めて同定した(1989)。その後我々のグループでこの責任遺伝子を発見でき(2010),この一連の研究は1976年に黄斑部局所ERGの研究を始めてから実に34年を要したものとなった。この新疾患はOccult macular dystrophyと命名したが,遺伝子発見までを評価され最近では“三宅病”と呼ばれるに至った。三宅病は2015年に厚労省指定難病に加えられた。
 CSNB1,CSNB2,三宅病の3つの網膜疾患の発見にはいずれもERGが大きな役割をなしており,その研究に御手洗先生は大変貢献されたと思う。