宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 84, 2016

シンポジウム

「御手洗玄洋先生 追悼シンポジウム」

1. 御手洗研究室での航空宇宙医学研究事始め

間野 忠明

岐阜医療科学大学 学長

Introduction to Aerospace Medicine in the Laboratory of Professor Mitarai

Tadaaki Mano, M.D.

President, Gifu University of Medical Science

名古屋大学大大学院医学研究科(内科学専攻)在学中にフランスに留学し,1968年秋に帰国後,名大環境医学研究所第五部門(御手洗研究室)で大学院副科の学生として勉強させていただいた。当時,御手洗研には永坂鉄夫助教授,時々輪 浩穏・森 幸栄助手が教官,森 滋夫・室賀辰夫氏が大学院生,高木貞治氏が技官,金原 薫さんが事務補佐員として,その他,多くの研究員が在籍した。
 最初に参加した研究は低圧・低酸素環境がヒトの大脳誘発電位に及ぼす影響についての研究であった。続いて低圧下でのヒトの脊髄反射などの研究を行った。その後は頸下水浸による准無重量実験装置を用いた研究を行った。この研究は人体に及ぼす微小重力の影響を模擬するものであり,さまざまな側面から研究を進めた。水浸タンク内で被験者を注意深く観察しながら眠らせて,終夜睡眠ポリグラフを記録したこともあった。その後,微小重力がヒトの姿勢反射,とくに立位での下肢の抗重力筋に及ぼす影響について研究を進めた。主に筋電図を用い,水浸による模擬微小重力負荷時には水位の上昇に応じて体重が減少すると共に,立位での下腿の抗重力筋(下腿三頭筋)の活動が減少し,その拮抗筋(前脛骨筋)の活動が逆に増加することを見出した。水位の上昇による体重減少と共に下腿三頭筋の脊髄反射(H波)の振幅も減少したが,浮き輪を使って身体が浮かび上がった状態では下腿三頭筋と前脛骨筋の活動が共に消失し,H波の振幅が増大した。これらの結果から水浸による模擬微小重力環境での下腿三頭筋活動の低下には抗重力筋の筋紡錘からの求心性入力の減少による伸張反射の減弱と,拮抗筋からの求心性入力の増加による相反性抑制の機序が関与すると考察した。
 この考察を実証するために,水浸時の抗重力筋活動の変化に関与する筋紡錘からの求心性入力の変化を直接観察することが必要と考えた。当時,新しい方法として報告されたmicroneurographyによってヒトの筋紡錘求心線維(Ia線維)の活動を記録できることを知り,その方法を用いるために,御手洗教授のご指導により,手作りの金属微小電極とアンプを用いてIa発射の記録を試みた。しかし手作りのアンプではうまくゆかず,御手洗先生がご自分の研究のために購入された米国製の最新鋭のアンプを使わせて下さった。そのアンプを使って根気よく研究を続けていたところ,ある日突然,神経発射を記録でき,以後,筋紡錘からのIa発射を記録できるようになった。ヒトの単一Ia求心線維の伝導速度を世界で初めて測定し,御手洗先生,高木技官との連名で発表した。水浸時の立位でも下腿三頭筋の複合求心線維の活動が水位の上昇に応じて減少することを証明した。最初,御手洗先生にご指導頂いたmicroneurograaphyを用いた研究はその後,宇宙飛行中の筋交感神経活動の研究などに大きく発展した。