宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 83, 2016

合同ワークショップ 3

「筋萎縮」

代謝センサーAMPKの骨格筋萎縮・肥大調節機構

江川 達郎1,2,林 達也1,後藤 勝正2

1京都大学大学院 人間・環境学研究科運動医科学研究室
2豊橋創造大学大学院 健康科学研究科生理学研究室

A possible role of metabolic sensor AMPK in regulating skeletal muscle atrophy and hypertrophy

Tatsuro Egawa1,2, Tatsuya Hayashi1, Katsumasa Goto2

1Grad. Human and Environmental, Kyoto Univ.
2Dept. Physiol, Grad. Health Sciences, Toyohashi SOZO Univ.

身体は重力や熱,活性酸素などの様々なストレスに暴露されており,刻々と細胞内の代謝環境が変化している。この代謝環境の変化を感知するセンサーとして5’AMP-activated protein kinase(AMPK)が存在しており,AMPK活性化は代謝回転を高め,細胞の恒常性維持に貢献している。近年,AMPKの活性化異常(過活性化や不活性化)が筋萎縮につながることが示唆されており,我々は骨格筋量調節におけるAMPKの生理的意義について検討を進めている。培養骨格筋細胞を用いた検討では,AMPK活性化剤添加により筋菅細胞の肥大が抑制されること,またその調節メカニズムとして熱ショックタンパク質(Heat shock protein 72;HSP72)の発現抑制を介したユビキチン・プロテアソーム系活性化が関与していることを明らかにした。一方,骨格筋特異的AMPK活性抑制マウスを用いた検討では,荷重除去による骨格筋萎縮の進行がAMPK活性抑制により緩和されることを明らかにした。AMPK活性の抑制下では萎縮筋におけるユビキチン化タンパク質の蓄積が抑えられたものの,タンパク質合成シグナルの低下は変化しなかったため,AMPKは筋萎縮の進行においてタンパク質合成よりも分解システムを制御していると考えられる。また,AMPK活性の抑制下ではHSP72発現が維持されていたことから,HSP72発現維持が筋萎縮の進行緩和につながった可能性が考えられる。本結果は,微小重力環境に曝された骨格筋のAMPK活性化を阻害することにより,筋萎縮の進行を抑制できる可能性を示唆するものである。一方,AMPKは骨格筋形成に必要な因子であるため,持続的なAMPKの活性抑制は骨格筋異常を誘発する可能性もある。したがって,あらゆる状況下においてAMPK活性を抑制することが骨格筋機能の維持に繋がるわけではなく,あくまでAMPKが過剰に活性化している場合において有効な方策であると考えている。しかしながら,微小重力環境におけるAMPK動態については不明瞭な点が多く,さらなる検討が必要である。

本研究の一部は以下の助成により遂行されました。
 The Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries;
 Integration Research for Agriculture and Interdisciplinary Fields (funding agency:Bio-oriented Technology Research Advancement Institution, NARO) (14532022) およびThe Council for Science, Technology and Innovation;SIP (funding agency:NARO) (14533567)。