宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 4, 77, 2016

合同ワークショップ 1 

「宇宙に生きる」

4. 重力変化による胸腺機能の擾乱

秋山 泰身1,立石 涼介1,秋山 伸子1,良永 理子1,森田 啓之2

1東京大学 医科学研究所
2岐阜大学 医学系研究科

Disturbance of thymic function by gravity change

Taishin Akiyama1, Nobuko Akiyama1, Riko Yoshinaga1, Hironobu Morita2

1The Institute of Medical Science, The University of Tokyo
2Gifu University Graduate School of Medicine

生体の防御システムである免疫系は宇宙滞在により機能低下することが知られている。しかしながら,宇宙滞在による様々な環境変化から免疫機能能低下に至るまでのメカニズムは,細胞レベルおよび分子レベル,どちらに関しても十分に明らかとは言い難い。
 獲得免疫応答に重要なT細胞のほとんどが,1次リンパ組織である胸腺で分化・成熟する。さらに胸腺は,T細胞分化の際に一定頻度で生じる自己組織タンパク質に応答するT細胞(自己応答性T細胞)を,胸腺外に移出する前に選別して除去し,自己組織に対する免疫応答(自己免疫)の惹起を防止する役割も持つ。この機構に,胸腺の髄質領域に局在する上皮細胞(髄質上皮細胞)が必要である。髄質上皮細胞は,インシュリンなど組織特異的に発現するタンパク質を含め多種類のタンパク質を“異所的に”発現するユニークな性質を持ち,それら自己タンパク質を認識する自己応答性T細胞を除去することで,自己免疫疾患の発症を未然に防ぐ。
 放射線,感染,癌,精神的ストレスなどにより胸腺は萎縮し,それらの解除で回復する。私たちは,重力の変化が未熟T細胞や髄質上皮細胞など胸腺構成する細胞の維持や機能に与える影響について,マウスを用いた検討を行っている。遠心による過重力実験は,重力変化の影響を調べる地上実験の一つである。最近,短期間の2G負荷では未熟T細胞と髄質上皮細胞が減少すること,そして2G負荷を長期に行うと,未熟T細胞は回復するが,髄質上皮細胞の回復は十分でないことを発見した。重要なことに,これら細胞の変動は,内耳前庭器官を機能不全にすることで消失した。すなわち,内耳前庭器官を介した過重力感知による胸腺未熟T細胞の減少は一過性であるが,自己免疫の抑制に必須な髄質上皮細胞への影響は比較的長期にわたることが明らかとなった。
 今後,宇宙環境における微重力による胸腺機能の擾乱を探索することは,長期の宇宙滞在が獲得免疫応答や自己免疫抑制に及ぼす影響を予想し,対処するために重要と考えている。