宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 72, 2015

シンポジウム

28. 有人宇宙探査時代のための医学運用

緒方 克彦

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構

Medical operation for the era of human space exploration

Katsuhiko Ogata

Human Spaceflight Technology Directorate, Japan Aerospace Exploration Agency

2020年代は国際的な有人宇宙探査の始まりとなり,2030年ごろには月面滞在,2030年代には火星への飛行が可能になると言われている。有人宇宙船が地球周回軌道を超えた宇宙空間に進出し,月や火星に長期間滞在し,任務を達成して帰還するためには,人体への影響とその保護,とりわけカウンターメジャーの確立が欠かせない。探査時代の宇宙医学には,これまで経験したことの無い宇宙環境の中で,新たな課題が目白押しに並んでいる。
· 月,火星では地球に比べて1/6,1/3の低重力環境であり,各ミッションにおいては低重力と微小重力環境との往復などの重力環境変化に多年に亘り曝露される影響が未解決の課題となる。
· 更に火星を対象とした場合,重粒子線による放射線被ばくからの防護は医学運用上の最大の課題であり,そのため放射線量を測定·評価し防護区域に退避を促すだけではなく,被ばく防護施設や材料及び被服の開発,薬剤·サプリメントの応用といった積極的な方向での研究が期待される。
· 果てしなく遠い閉鎖環境の中で自身を制御した上での任務遂行や,親しい人々との疎隔感の克服も重要課題であり,JAXAを含む各宇宙庁において超長期閉鎖環境利用研究の計画が着手あるいは開始されようとしている。
· 年余に亘る滞在期間中には疾病·外傷に至るリスクもはるかに高くなる。自己診断プログラムや様々な治療装置の開発によるセルケア·バディケア能力の向上,及び高精度遠隔医療機器の開発については可及的速やかに大学·企業等との共同研究が望まれる。
· 宇宙食の充実も主要なテーマとなる。現在のような補給システムでは全てを補えないし(特に生鮮食品),コストが膨大なものとなるからである。月,火星,ISSにおける栽培技術の応用と進展は切実な課題である。
現在宇宙医学に関する国際会議の中では,MHRPE(Multilateral Human Research Panel for Exploration)に示されたリスク評価を行い,将来医学運用の中で解決すべきリスクの重大性と優先順位の重み付けを行い,更にコスト見積もりを実施した上で研究課題を選定している。さらにJAXAでは,これらMHRPEと従来からある宇宙医学研究重点課題を組み合わせた上で,JAXA宇宙開発方針や各極研究の最新の動向および日本独自の技術の推進などの観点から多面的に評価し,上記の研究課題に取り組む方針であり,一部については既に開始されている現状にある。