宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 68, 2015

一般演題

24. 航空機内における傷病者の発生頻度とその対応

飯田 里菜子,浦瀬 紀子,松井 和隆,島田 敏樹,早川 洋,田村 忠司,桑原 洋一,前田 宏明

全日本空輸(株)

Frequency of In-flight Emergency and Medical Behaviors

Rinako Iida, Noriko Urase, Kazutaka Matsui, Toshiki Shimada, Hiroshi Hayakawa, Tadashi Tamura, Yoichi Kuwabara, Hiroaki Maeda

All Nippon Airways

航空機の旅客数はLCCの台頭や新興国の経済成長を背景に年々,増加傾向を示し2014年の世界航空旅客数は過去最高の33億人となっている。一方で,飛行中の航空機内において旅客は気圧や酸素分圧の低下,低湿度等の特殊な環境変化に加え,長時間の座位,時差,疲労等の身体的負荷を受けることにより,十分な代償が起こらない場合,基礎疾患を有する旅客では症状の増悪や,健常者であっても傷病を発症しうる可能性を有する。さらに長距離便の利用客の増加や,乗客に占める高齢者割合の増加により,機内発症傷病者数の増加や傷病内容が変化する可能性もあり,機内に適切な医薬品や医療器具を搭載するため機内での傷病者の発生状況を把握することは重要と考えられる。
2012年4月から2015年3月までの3年間にANAグループ航空機内(国際線·国内線)で発生した傷病者とそれに対する対応につき,客室乗務員から提出されたメディカルレポートをもとに集計した。
3年間で国内線では319件(0.37人/1,000便,0.27人/10万旅客),国際線では335件(2.49人/1,000便,1.7人/10万旅客)の傷病者の発生が見られた。傷病者の平均年齢は47.6歳(1〜92歳),男女比は約3:2であった。
症状は意識障害(43%)が最も多く,ついで気分不快(11%),痙攣発作(10%),呼吸困難(7%)が続いた。最近の傾向としてアナフィラキシー等,アレルギー症状を呈する傷病者が増加しており,注意が必要と思われた。
Doctor callは国内線では63%の症例で行われ,医師の呼応率は66.7%,医師を含む医療従事者全体の呼応率は89.1%,国際線ではDoctor call 67.2%,医師呼応率61.3%,全呼応率79.5%であった。Doctor callによらない援助も合わせると機内での傷病者のうち約75%の症例は医療従事者による援助を受けていた。
機内には傷病者の発生に備えて,医師が使用するDr's Kit,Resuscitation kitの他,主に客室乗務員が使用するMedical Kit,First Aid Kit,簡易薬品ケース,AED等の医薬品,医療資材が搭載されている。Dr's Kitは全症例の13.8%,医師対応症例の24.3%,Resuscitation kitは全症例の12.5%,医師対応症例の21.8%で使用されていた。使用された薬剤では国内線,国際線ともに点滴溶液が最も多く,注射薬ではジアゼパム,エピネフリン,ハイドロコルチゾン,錠剤では鎮痙剤,抗ヒスタミン薬の使用が多く見られた。一方,ドパミン,重炭酸ナトリウム,フロセミド,リドカイン,ジギタリス製剤,子宮収縮剤の使用はみられなかった。AEDは24例(国内線14例,国際線10例)で使用があったが,除細動が必要となったのは1例のみであった。緊急着陸等,運航への影響が出たものは30例(国内線では5.3%,国際線では3.6%)あり,救急車要請は国内線54.2%,国際線16.7%の症例で行われた。10例に対しCPRが行われ,死亡例は2例であった。
機内では一過性の意識障害が最も多く発生しているが,中にはCPRが必要となる重症例,死亡例もみとめられ,適切な医薬品,医療資材の搭載が必要と考えられる。機内には運輸省航空局通達に基づく救急用医薬品および医療器具が搭載されているが,1999年以降,見直しが行われていない。頻用される薬剤はこれまでの報告と同様であったが,機内での医療行為には制限があり全く使用されない薬剤や運用が困難なもの,新規に導入したい薬剤などもあり一定期間ごとの見直しが必要と考えられた。