宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 65, 2015

一般演題

21. 米国南西部での当社飛行訓練生のCoccidioides症 (Valley Fever)について

早川 洋1,田村 忠司1,島田 敏樹2,松井 和隆2,飯田 里菜子2

1全日本空輸株式会社 フライトオペレーションセンター業務推進部 乗員健康管理センター
2全日本空輸株式会社 人材戦略室労政部 東京健康管理センター

Report on our flight trainee of Coccidioidomycosis (Valley Fever) in the southwestern United States

Hiroshi Hayakawa1, Tadashi Tamura1, Toshiki Shimada2, Kazutaka Matsui2, Rinako Iida2

1Flight Crew Medical Administration Center, All Nippon Airways Co., Ltd.
2Tokyo Health Services Center, All Nippon Airways Co., Ltd.

【緒言】 パイロット養成時の実機飛行訓練場所として,天候の安定性,地形,広い訓練空域確保などの諸条件から米国南西部がしばしば用いられる。当社も昨年度までカリフォルニア州ベーカーズフィールド(BF)の施設で行われてきた。この訓練期間中に米国南西部の風土病で輸入感染症のCoccidioides(C.)症/Valley Fever(VF)に罹患する訓練生を多数経験した。VFは現地の土壌中に存在する真菌の主にC. immitisを吸入することにより発症し,感冒様の軽症で治癒する例が多いが,その後,慢性結節性病変が残存するものや,一部では全身感染を呈し,死に至る例もある。一方,この疾患に対する知識がないと,帰国後に所見を認めた場合には診断が困難となり,誤った対応を招く可能性があることから,後の訓練や乗務にまで影響を及ぼすことが懸念される。本疾病の流行地域で訓練を受けるパイロットの健康管理において注意を喚起する意味も含め当社でのVFの経験について報告する。
【症例1】 28歳男性。2011年1月,訓練先でVFに罹患。現地にて1ヶ月間フルコナゾール(FLCZ)を内服し治療終了。同年8月に帰国。翌年8月の健康診断時に胸部X-Pで左肺野の結節病変の空洞化を認めたため病院を紹介受診。VF再燃の診断により2012年10月よりFLCZ 400 mg/日開始。経過良好で6ヶ月間の内服を行い2013年4月に治療終了。以降再燃なし。
【症例2】 27歳男性。2011年4月〜2012年3月及び5月〜11月にBFに滞在。滞在中のC.抗体検査は全て陰性。帰国時の2012年12月に健診を受けた際,胸部X-Pで左肺野に結節影を認めた。胸部CTにおいても左肺に径1 cmの結節病変が確認されたため病院を紹介受診。VFを疑い抗体検査を行うも陰性であった。結核に対する検査も陰性であり,最終的に診断と治療を兼ねて胸腔鏡下左上葉部分切除術を施行。病理検査によりVFの確定診断がされた。
【まとめ】 1992〜2014年にBFに滞在した訓練生およそ650名中VFに罹患したことが確認されたものは33名で罹患率は約5%。多くは感冒様症状で発症しているが,明確な症状がなく,抗体価の上昇のみがみられたものや健診時に胸部X-Pで異常陰影を指摘されて初めて診断された例もあった。重篤な播種性に至った症例はない。ただし,3名が肺の病巣切除を受けている。VFの確定診断には血清抗体の測定が用いられるが偽陰性を示す例がみられることに注意が必要で,そのような症例や鑑別疾患に挙げられていない場合は病理組織標本から診断されることになる。培養はレベル3の施設でないと検査室内感染の危険があるため専門機関に相談すべきである。治療については軽症例では無治療で経過観察されることもあり,多くはFLCZ 400 mg /日 が用いられる。他に成書ではイトラコナゾールやアムホテリシンBも挙げられていて,我々が経験したような病巣切除を要するようなケースもある。流行地に滞在中は,VFのリスク低減のため砂ぼこりの暴露を避けるなど日頃からの予防対策が大切となる。