宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 55, 2015

一般演題

11. 日本の災害対応の実効性に関する一考察 −大規模空港における航空機事故から検証する−

柴田 伊冊

航空運航システム研究会

A Study of Effectiveness of Measures to Deal with a Disaster in the Major Airports in Japan

Isaku Shibata

Total Flight Operation System Study Group

英国人は経験から社会規範を見出し,日本人は社会規範から行動を規定する傾向がある,という指摘がある(「激動期」昭和28年)。筆者が,第二次世界大戦の傷が癒えない昭和20年代の後半に,来る社会主義の行き詰まりと,資本主義における民間企業の活力の必要を達観したときのものである。この見識は,今日の日本社会においても生きている。日本の大規模空港における航空機事故対応から,それを確認してみよう。
法律の世界では,英国と日本の相違は,判例法主義と実定法主義という表現に集約される。その考え方の相違が,大規模空港における航空機事故対応など,国際的な標準によって規定される実践ための救難計画でも「差異」として現れる。この実効性の行方が報告の主題である。救難計画に現れる「差異」は,日本においては形式を先行させる傾向に繋がり,そして救難計画のうち,捜索を必要としない航空機事故の対応では「差異」のあり方が救命の正否に繋がる。
形式を先行させる日本の救難計画は,航空機事故に関わる組織等を並列に扱う傾向があり(例えば,空港ごとに作成されている航空機事故緊急計画では,日本の空港長又は空港管理責任者は,警察,消防などの権限を超えない者,若しくは,調整者と規定されている),それぞれの具体的な活動について,国際民間航空機関が作成し,シカゴ条約附属書として法的な効力を有する国際標準で明らかにされている航空機事故対応の場合の指揮命令系統の明確化という指針を見えにくくするとともに,当該計画の実効性さえも損なうのでは,という危惧も招来させる。これが東日本大震災等に起因して,アメリカ式のICS(Incident Command System)の導入が提唱された背景である。立場を変えれば,日本のあり方は,既存の組織単位での対応を,そのまま生かすことに着眼したものであり,日本の国情に即しているという意味で合理性を持つものである。この事実と,ICSによる指揮命令系統の簡素化·単一化という,アメリカでの必要とを混同することは,航空機事故等の災害現場に近くない機関等での思考において錯覚に繋がる。さらに,この事実は,大規模空港において航空機事故訓練を実施するときに,同一組織ごとの即応性の差異や,対応能力の差異,経験の有無などを区分しない発想に繋がることにもなる。そして,しばしば,それは実際と異なるのでは,という批判を生じさせているし,こうした訓練の参加者に,全体が見えないという弊害も残している。日本における形式を整備し,その後に実質をすり合わせる思考は,実践的又は効果的な体制とは,必ずしも単純には合致しない。それでも,東日本大震災のような実災害がこれを修正の方向に導くことも事実である。多くの犠牲を目の当たりにする実災害がなくても,継続的な修正が積み重ねられるには,どのようにすれば良いのか,課題が残る。
考え方の柔軟性について:大規模空港における救難計画を動態的にし,効果的にするためには,計画自体が柔軟でなければならない。米軍のように,場合に応じて計画A B C Dを準備し,程度や内容に応じて計画を選択すること,消防等の実施の単位ごとに検証した場合で,それぞれの対処能力を上回るときは,選択可能な援助依頼を予め準備しておくことがそれに当たる。現行でも,消防,警察の計画は現実適用であると推定される。それでも限界があるのは,異なる機関との間で連携の成立が容易ではないこと,機関外への働きかけが形式に依存することに起因する。計画の柔軟性を高め,不十分を取り込むことによって,そうした限界を解消できる。─ 全てが人のあり方に集約される。