宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 54, 2015

一般演題

10. 医療事故の調査に付いて その2,シカゴ条約との関係に於いて

吉田 泰行1,山川 博毅2

1栗山中央病院 耳鼻咽喉·健康管理課
2横浜東済生会病院 耳鼻咽喉科

On the medical accident investigation 2, with the relation to Chicago Treaty

Yasuyuki Yoshida1, Hiroki Yamakawa2

1Department of Otorhinolaryngology & Health Administration, Kuriyama Central Hospital
2Department of Otorhinolaryngology, East Yokohama SAISEIKAI Hospital

【緒言】 医療事故は有ってはならないものではあるが起こり得るものでもある。しかも起こった時の影響は甚大である。従って医療事故の予防は我々医療人にとっては焦眉の急の問題ではあるがその為の方策は医療に限っては確立していない。今迄は医療事故が起これば警察の捜査が行われる事が,医療提供する側も医療を受ける側も,我が国では当然と思われていた。この度医療事故調査委なる制度が誕生し活動しだしたが,これに対しては様々な意見が有ると聞いている。そこで似たような問題を抱える航空業界の現状は参考になると思われるので,シカゴ条約を中心として演者の考察を披歴し,本学会員諸兄の御批判を仰ぎたい。
【事故原因の究明】 ─ヒューマン·エラーとシカゴ条約と日本式事故調─
事故原因の究明には二種類有る。事故原因を究明し,だれが悪いか追及し罰則をとらせる。この時罰則は抑止力として機能し,又被害者意識の補償という面も有る。一方事故原因を究明し何が悪いか追及し将来の予防に役立てる。この時は少なくとも将来同じ原因で起こるであろう事故を完全に予防する事である。これはシカゴ条約の精神でもある。何故なら,何れにしても事件でない限り事故の原因は意図しないエラーであり,その殆どはヒューマン·エラーである。ヒューマン·エラーはそのシステムの結果であり,起こした個人の落ち度ではない。従って個人への注意喚起は或る程度の改善は見込めても根本的解決にはならない。また個人への罰則では改善は見込めず,其れどころか潜在化してシステムの安全性を悪化させると考えられる。
一方,個人への罰則はヒューマン·エラーであっても抑止力として役立つとの考え方も有り,又被害者·被害家族等の処罰感情への配慮の必要性も言われている。ヒューマン·エラーが起こるのはシステムの不具合の結果であるから,起こさない様なシステムの構築に向ける努力をする。これがフール·プルーフである。又ヒューマン·エラーが事故原因になるのもシステムの欠陥であるから,事故に繋がらないシステムの構築に向けて努力をする。これがフェイル·セーフである。
航空業界では本学会員諸兄御存じの通り,ICA0の基本条約であるシカゴ条約にて航空機事故調査の方法が決められており,関係者の免責が付属書13にて謳われている。今般始まったばかりではあるが日本式医療事故調査の概要を見ると,責任については確かに追及しないとあるが免責の導入ではない所が演者の考える問題点である。
【考案】 @ 事故原因の究明には二つ有り,責任を取らす為の誰が悪いかの追及と,免責を導入し将来同じ原因で起こるであろう事故の予防に徹する事である。しかし両者は二律背反であり両立しない。
A 事故原因の可なりの部分を占めるのはヒューマン·エラーであるが,ヒューマン·エラーはシステムの不具合であり,罰則に拠る抑止力では解決できない。
B 航空機事故調査ではシカゴ条約により免責が規定されている為,医療事故にも参考になると考えられる。
C 医療事故調では責任の追及ではないとされているが関係者の免責と警察の非介入は規定されていない。
D 医療事故調査を真に行う為には後者を取らざるを得ず,今後この点の改善が望まれる。