宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 52, 2015

一般演題

8. 宇宙飛行士のプロバイオティクス(LcS菌)摂取実現に向けた安全性確認実験

大島 博1,太田 敏子1,2,結城 功勝3,朝原 崇3,酒井 隆史3,高橋 琢也3

1宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門
2筑波大学
3株式会社ヤクルト本社 中央研究所

Preliminary safety assessments of probiotic (LcS) capsule for consumption by astronauts

Hiroshi Ohshima1, Toshiko Ohta1,2, Norikatsu Yuki3, Takashi Asahara3, Takafumi Sakai3, Takuya Takahashi3

1Japan Aerospace Exploration Agency
2Tsukuba University
3Yakult Central Institute

【背景】 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と株式会社ヤクルト本社は,国際宇宙ステーション(ISS)でのプロバイオティクス(ラクトバチルス·カゼイ·シロタ株:LcS菌)の継続摂取が宇宙飛行士の免疫機能·腸内環境に及ぼす影響を検証する共同研究を開始した。宇宙医学実験では,宇宙飛行士の被験者をLcS菌摂取群と非摂取群に分け,唾液,血液および糞便を採取し,免疫マーカーや腸内フローラの変動を比較検証する。軌道上実験を実現するため,ISSでの保管制約下でもLcS菌を必要量摂取可能な試験サンプル(凍結乾燥したLcS菌を含むカプセル)を開発した。その安全性と糞便からの生菌回収を確認するため,地上予備実験を実施した。
【方法】 健常成人10名(男性9名,女性1名,平均年齢34±11歳)は,試験サンプルを1日5カプセル,4週間継続摂取した。摂取前2週間,摂取中4週間および摂取後2週間にはアンケートに毎日記入してもらい,被験者の健康状態,排便日数,便性状[Bristol Stool Form Scale(Heaton et al. Gut. 1992)による7段階評価:1=硬く排泄困難,2=硬くカチカチ,3=表面にヒビ,4=表面が滑らか,5=軟らかい半練り状,6=泥状,7=液体状]および排便症状 (排便時のいきみ,排便後の残便感および排便時の腹部の痛みを5段階評価:0=なし,1=少し,2=中程度,3=強い,4=とても強い)を調べた。また,摂取開始直前,摂取2週目,摂取4週目および摂取後2週目の計4回糞便を採取し,LcS菌特異的プライマーによる定量的PCR法(qPCR, Fujimoto et al. Int. J. Food Microbiol. 2008)にpropidium monoazide(PMA)処理(Fujimoto et al. J. Appl. Microbiol. 2011)を組み合わせたPMA-qPCR法にて糞便中のLcS菌生菌数を測定した。
【結果】 試験サンプルの摂取前に3名,摂取中に4名,および摂取後に3名の体調変化が認められた。安全管理責任者(JAXA医師)は電話面談により,試験サンプル摂取中の体調変化はいずれも摂取に起因する事象ではないことを確認した。摂取前2週間,摂取1〜2週,摂取3〜4週および摂取後2週間における平均排便日数は12.9±2.5,13.3±2.2,13.0±2.0,12.9±2.2(単位:日)であり,有意な変化は認められなかった。便性状の平均スコアは,それぞれ4.0±0.3,4.0±0.4,3.8±0.4,3.8±0.3であり,いずれも標準的な便性状とされる3〜5の範囲内であった。排便症状の3項目は,いずれも試験期間を通じて平均スコアが0〜1の範囲内であり,ほぼ症状がない状態であった。摂取開始直前にはいずれの被験者の糞便からもLcS菌の生菌は検出されなかったのに対し,摂取2週目および摂取4週目には全被験者の糞便からLcS菌の生菌が検出され,その菌数平均値はそれぞれ8.9±0.5,8.9±1.0(単位:log10 cells/g 糞便)であった。摂取後2週目には,10名中1名の糞便からLcS菌の生菌が検出された。
【結論】 試験サンプルの摂取に伴う有害事象は認められず,その安全性が確認された。また,全被験者の糞便からLcS菌の生菌が回収されることを確認した。軌道上でも地上と同様にLcS菌が生きて腸に届き効果を発揮することを,今後宇宙実験で検証予定である。