宇宙航空環境医学 Vol. 52, No. 4, 51, 2015

一般演題

7.　体液シフトと二酸化炭素吸入が脳循環調節に及ぼす影響

倉住　拓弥^1,2，柳田　亮¹，小川　洋二郎¹，青木　健¹，岩�普@賢一¹

¹日本大学医学部社会医学系衛生学分野　日本大学大学院医学研究科宇宙航空環境医学
²慶應義塾大学　医学部　麻酔学教室

Influence of carbon dioxide on cerebral circulation in cephalad fluid shift

Takuya Kurazumi^{1, 2}, Ryo Yanagida¹, Yojiro Ogawa¹, Ken Aoki¹, Ken-ichi Iwsaki¹

¹Department of Social Medicine, Division of Hygiene, Nihon University School of Medicine / Aerospace and Environmental Medicine, Nihon University Graduate School
²Department of Anesthesiology, Keio University School of Medicine

【背景】　近年，宇宙飛行士に失明のリスクもある「視神経乳頭浮腫」が問題となり，その発生機序の一つに脳循環調節の変化が関与している可能性がある。微小重力下で脳循環調節に影響を与える要因に，頭部方向への「体液シフト」と，空気の自然対流が起こらないことによる「高濃度二酸化炭素（CO₂）曝露」が挙げられる。CO₂は脳血流を増加させることが知られているが，「体液シフト」中の「CO₂曝露」が脳循環に与える影響については十分に研究されていない。そこで，両因子の組み合わせは，脳血流が増加するだけでなく，変動に対する脳循環自動調節能も障害されるのではないかという仮説を立て検証を行った。
【方法】　成人健康男性15名を対象とした。25分以上の安静（仰臥位）を確保した後，各プロトコールを10分間施行した。プロトコールは，吸入ガス（空気もしくは3%CO₂）と体位（仰臥位もしくは10° Head-down tilt:HDT）の組み合わせにより「�@ 空気&仰臥位」，「�A CO₂ &仰臥位」，「�B 空気& HDT」，「�C CO₂ & HDT」の4種類とした。吸入ガスの内容は被験者に盲目化し，全てのプロトコールを無作為に24時間以上の間隔を空け施行した。連続血圧計及び経頭蓋ドプラを用いて，血圧及び脳血流速度を非侵襲的·連続的に測定した。血圧の「変動」から脳血流の「変動」への「伝達の強さ:Gain（cm/s/mmHg）」を伝達関数解析で算出し，脳循環自動調節能を評価した。データは各プロトールの後半6分間を解析し，プロトコール間で比較した。統計は一元配置反復測定分散分析をし，SNK検定で多重比較をした。
【結果】　「伝達の強さ」は，�@ 空気&仰臥位=0.86±0.07，�A CO₂ &仰臥位=0.94±0.06，�B 空気& HDT=0.91±0.08，�C CO₂ & HDT=1.08±0.09で，�C CO₂ & HDTが他の全てのプロトコールに対し有意に高値を示した（P=
0.025）。平均脳血流速度（cm/s）は，�@ 空気&仰臥位=57.2±2.8，�A CO₂ &仰臥位=64.8±3.2，�B 空気& HDT=59.7±3.0，�C CO₂ & HDT=69.3±4.2で，CO₂吸入のプロトコールが空気吸入のプロトコールに比べ有意に上昇した（P<0.001）。同一吸入ガスのプロトコール間で，体位による差はなかった。
【考察】　「体液シフト」中の「CO₂曝露」は，血圧変動から脳血流変動への「伝達の強さ」が高値を示し，脳血流が血圧変動の影響を大きく受ける状態であることが示唆された。仮説の通り，両因子の組み合わせは，脳血流を増加させるだけでなく，変動を抑制する脳循環自動調節能を障害すると解釈された。一方，「体液シフト」単独の影響下では，脳循環自動調節能は維持された。つまり微小重力下でも「CO₂曝露」が起こらなければ，脳循環自動調節能が維持される可能性が示唆された。しかし，国際宇宙ステーション内部の平均CO₂濃度は約0.5%と地上の10倍以上高く，長期宇宙滞在が脳循環調節へ与える影響を解明するには，今後このような濃度や慢性影響における検討が必要と考える。
【結語】　本研究から，宇宙滞在中の「CO₂曝露」は，地上に比べ，脳循環調節に対して大きな影響を与えると解釈できた。このことは，宇宙飛行士の健康管理に重要な情報と考える。本研究はJSPS科研費25514008で実施された。