宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 96, 2014

認定医推奨セッションB

「一般医家に知られていない “酔い·めまい”」

4. 3D映像による不快感と眼の調節·輻輳機能

水科 晴樹

情報通信研究機構 ユニバーサルコミュニケーション研究所

Discomfort with 3D images and its relationship with accommodation and vergence of the eyes

Haruki Mizushina

Universal Communication Research Institute, National Institute of Information and Communications Technology

 近年の映像表示技術の進展により,家庭や映画館などで3D映像に触れる機会が増えてきている。3D表示は映像のリアリティや迫力を向上させる有効な手段であるが,一方で3D映像の視聴によって視覚疲労や不快感が生じることがある。その原因の一つに調節と輻輳の矛盾があると言われる。両眼視差によるステレオ表示の3D映像の場合,映像中の対象物の奥行きが,視差の変化に応じて画面の手前や奥に変化するのに対して,眼は画面の距離に水晶体のピントを合わせようとする。調節と輻輳の矛盾は,画面の手前あるいは奥に視線を向けた時の両眼の輻輳と,眼がピントを合わせる調節の距離が一致・オない状況を指す。本研究では,両眼視差によるステレオ3D表示と実物・フに対して,観察者の眼の調節·輻輳の反応を測定し,調節と輻輳の矛盾が実際に生じているのか,もし生じているのであればどの程度なのかを明らかにするための実験を実施した。
 調節と輻輳の測定には,波面センサを用いた装置を使用した(Kobayashi et al., 2008)。これを用いることで,調節と輻輳の同時計測が可能であった。実験条件は実物体と3Dの2条件を設定した。実物体条件では,画面上に視標(Maltese cross)を2D表示し,ディスプレイ自体の位置を変えることで,眼から視標までの距離を変化させた。この条件では,視標の物理的な距離が変化するので,調節と輻輳の示す距離は矛盾しない。3D条件では,偏光メガネ方式の二眼式立体ディスプレイを用いて視標を3D表示した。ディスプレイの距離は1 mで固定とした。この条件では,先述のように調節と輻輳の示す距離が矛盾する。被験者は静止した視標の中心を固視し,その際の調節と輻輳の応答を測定,記録した。被験者は成人10名(男性5名,女性5名)であり,平均年齢34.4歳(標準偏差4.22歳)であった。うち6名は矯正視力正常,残りの4名は裸眼視力正常であり,全員立体視力正常であった。
 測定の結果,輻輳の応答に関しては,実物体と3Dの両条件でほとんど差がなく,どちらも視標の距離に応じて変化した。一方,調節の応答に関しては条件間で差が生じた(p<0.01)。実物体に対しては輻輳と同じく,視標の距離の変化にほぼ追随した調節の変化が生じたが,3Dに対しては,実物体の条件と比較して調節の変化量が小さくなった。これは,画面の位置に調節を固定しようとする作用によるものと考えられる。しかし,画面の距離に調節が完全に固定されるわけではなかった。3D表示であっても,被写界深度の範囲内 (約±0.20.3 diopters)であれば,調節が変化しうるのではないかと考えられる。
 これらのことから,実物体に対しては対象の距離に応じて調節·輻輳が変化するが,3D表示に対しては輻輳の変化と比較して調節の変化が小さくなり,輻輳と調節の矛盾が確かに生じることが明らかになった。3D映像に対しては,調節·輻輳機能が実物体に対する自然な応答とは異なる不自然な応答をすることから,何らかの負担が生じ,視覚疲労や不快感が発生すると考えられる。