宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 93, 2014

認定医推奨セッションB

「一般医家に知られていない “酔い·めまい”」

1. 南極越冬隊と「酔い」

長谷川 達央

綾部市立病院 耳鼻咽喉科

Motion Sickness in Antarctic Wintering Team

Tatsuhisa Hasegawa

Department of Otorhinolaryngology, Ayabe City Hospital

 動揺病は,南極海航行中のもっとも多い疾患である。今回,南極海を航行する船舶搭乗中の動揺病の生理指標としての呼気終末二酸化炭素分圧(EtCO2)について検討した。16名の健常成人(23-53歳,男性14名 女性2名)に対し,船舶(海上自衛隊AGB5003「しらせ」;基準排水量12,650トン)の出港前に1回,出港後3日間にわたり,13回調査を行った。主観的な動揺病の強度とEtCO2を調査した。主観的な動揺病の強度はSSMS(Subjective Symptoms of Motion Sickness)でスコアリングした。EtCO2は被験者に自由に3回呼吸を行わせ,その平均をとった。結果,出港初日から船体動揺が強く,2名の被験者が脱落した。14名より,有意なデータが採取できた。なお,SSMSで嘔吐した,と返答があったデータは,代謝性アルカローシスがEtCO2値に影響を与えるため,除外した。全被験者の出港後全データを検討すると,動揺病の重症度とEtCO2の間には有意な負の相関が認められた(r=−0.26, P<0.01)。しかし,個々の被験者について検討すると動揺病の有無·重症度とEtCO2の間には明らかな相関関係は認めなかった。そこで動揺病が中等症以上(SSMS>=5)の被験者と動揺病が軽症以下(SSMS<5)の被験者を比較すると,動揺病の症状が強い群の被験者ほうが,症状が弱い群の被験者に比して動揺環境下でのEtCO2が低い傾向が見られた(P<0.05)。以上の結果を考察を含め,報告した。
 そのほか,南極における移動手段と酔いについても合わせて紹介した。しらせも氷海にはいると,氷により波が抑えられるため,周期的な動揺が非常に少なかった。砕氷するため,船体の前後方向の衝撃は反復して生じるものの,氷海内では動揺病を呈する隊員は激減した。南極の車両で最も頻用されたのが,雪上車であった。時速10キロ程度であるが,雪氷面の起伏の影響を受けることと,車外の景色があまり見えないためか,30名の越冬隊員のうち2名が嘔吐するほどの動揺病を呈し,活動に支障をきたした。スノーモービルは雪氷面の起伏の影響を強く受け,かつ,時速30キロ以上だせるため,かなり車体の動揺が強い乗り物であったが,視界が開けているためか,これで酔う隊員は見られなかった。また,輸送ヘリのCH-101は機体動揺もすくなく,機外の風景はあまり見えなかったものの,酔う隊員はいなかった。ほか,ブリザード中は徒歩移動でもホワイトアウトすることがあったが,演者の経験では空間識失調を呈することはなかった。