宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 91, 2014

認定医推奨セッションA

「宇宙精神心理学上の諸解題と対策」

5. オレキシン系:睡眠障害に対する新たな薬理介入標的

小久保 利雄,柳沢 正史

筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)

OREXIN:New drug target for treatment of sleep disorders

Toshio Kokubo, Masashi Yanagisawa

International Institute for Integrative Sleep Medicine (WPI-IIIS), University of Tsukuba

 オレキシンは1998年に柳沢と櫻井によって発見された神経ペプチドで,発見当初は摂食制御因子として注目された。しかし,翌年,オレキシンの欠損がナルコレプシーを引き起こすことを柳沢が発見し,言わば脳内の覚醒物質であることが分かった。オレキシンを分泌する神経細胞は視床下部に局在し,オレキシン神経からオレキシンの受容体を発現する神経細胞へ覚醒シグナルが伝達される。
 情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の大多数でオレキシン神経が特異的に消失していて,オレキシン欠乏が見られることから,オレキシンを補充することによりナルコレプシーを治療できると予想される。実際に,オレキシンをオレキシン欠損マウスの脳室内に投与することにより,覚醒時間を増大させ,また情動脱力発作を抑制できることが示された。しかし,オレキシンはペプチドであるため抹消投与では効果がない。そこで,我々は大学発の本格的創薬研究の試みとして,低分子量オレキシン作動薬を鋭意開発中であり,現在までに,受容体作動活性がnMオーダーまで最適化されたリード化合物を見出している。マウスにおいて末梢投与による薬効作用が確認できる化合物が得られており,また,オレキシンKOマウスを用いたナルコレプシーモデルにおいて情動脱力発作を抑制する治療効果が得られることを確認している。
 一方,オレキシン受容体拮抗薬は,主要な内因性覚醒系であるオレキシンの作用を抑えることにより,GABA-A受容体作用薬に比べ,より「自然な」睡眠を惹起できると期待される。実際,Merck社が開発したOX1R/OX2R拮抗薬であるsuvorexantは,ごく最近,日米で相次いで不眠症治療薬として認可され,日本では世界に先駆けて2014年11月に上市された。
 オレキシン受容体拮抗薬をラットに投与すると,GABA-A受容体作用薬と同様に,用量依存的に覚醒時間が減少したり徐波睡眠が増加するが,REM睡眠が抑制されないという大きな特徴を示す。また,GABA-A受容体作用薬では睡眠脳波の周波数スペクトルに大きな影響を与えるのに対し,オレキシン受容体拮抗薬の影響は軽微であり,この点からより「自然な」睡眠を誘起できると考えられる。他にも,投与後に運動機能を低下させない,お酒との相乗効果がない等の特性を持っており,より安全で安心して使える不眠症治療薬として期待される。