宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 89, 2014

認定医推奨セッションA

「宇宙精神心理学上の諸解題と対策」

3.宇宙探査での実用化に向けた覚醒度評価法の開発

阿部 高志,鈴木 豪,緒方 克彦

宇宙航空研究開発機構

Investigation of new vigilance monitoring system for future space exploration

Takashi Abe, Go Suzuki, Katsuhiko Ogata

Japan Aerospace Exploration Agency

 【宇宙飛行士の覚醒度計測法】 宇宙滞在中の覚醒度計測法として精神運動ヴィジランス課題(Psychomotor Vigilance Test:PVT)が用いられている。PVTは2秒から10秒に1回の割合でカウンターが動き出したらすぐにボタン押しを行うという検査であり,所要時間は10分である(Basner & Dinges, 2011)。反応時間,500 ms以上の反応遅延,反応する必要がない時に反応した数などをパフォーマンスの指標とする。国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)ではテスト実施時間を3分間に短縮したPVT-B(Brief PVT:Basner et al., 2011)が用いられている。地上での実験室実験により4時間睡眠及び6時間睡眠を続けた者は,PVT中の反応遅延数が日ごとに増加し,6時間睡眠を14日間続けた被験者は1晩の全断眠後と同程度まで悪化し,4時間睡眠を14日間続けた被験者は2晩の全断眠と同程度まで悪化することが示されている(Van Dongen et al., 2003)。また,7時間睡眠を7日間続けた場合もPVTの成績が低下していくことが分かっている(Belenky et al., 2003)。一方,自覚的眠気の増加のペースは日を追うごとに減少するとともに,6時間睡眠と4時間睡眠を続けた被験者の眠気レベルには差がなくなることから,自覚的眠気は過小評価されやすいことが示された(Van Dongen et al., 2003)。客観的覚醒度を計測することが重要である。
 【スペースシャトル·ISSでの覚醒度計測】 宇宙飛行士の活動量計測により,スペースシャトル滞在時の宇宙飛行士の平均睡眠時間は5.96 h,ISS滞在時は6.09 hであることが報告された(Barger et al., 2014)。また,全測定日のうち6時間未満の睡眠を示した日の割合は,スペースシャトル滞在時は47.1%,ISS滞在時は43.8%であった(Barger et al., 2014)。宇宙滞在時の睡眠時間は地上研究では覚醒度が低下するレベルにあるため,宇宙滞在時も覚醒度の低下が起こりうる(Barger et al., 2014)。実際にスペースシャトルでPVTを実施した研究では,打ち上げ直前(7日前)と宇宙滞在中にPVTの成績がその前後と比較して低下していた(Dijk et al., 2001)。また,予定されていたISSでのPVTデータの取得が既に完了しており,宇宙飛行士24名のデータを対象として2,000回分のデータの解析が進められている(Basner & Dinges, 2014)。
 【宇宙探査に向けた新規覚醒度評価法の必要性と我々の試み】 宇宙探査時では生体リズム脱同調や高ストレス状況に伴う睡眠悪化により,覚醒度低下が深刻な問題となりうる。現状ではPVT測定中に他の作業を行えないこと,各回3分以上を要するため測定回数が限られることが宇宙探査での覚醒度計測における問題点となりうる。そこで,宇宙探査に向けて,短時間かつ簡便で宇宙飛行士の作業を妨げない覚醒度計測法が必要になる。現在,我々は宇宙探査での実用化に向けた覚醒度計測法を確立するため,短時間かつ高精度に覚醒度を評価する指標を検討している(国立精神·神経医療研究センター·三島和夫部長,東京医科大·井上雄一教授,University of Pennsylvania·Prof. David. F. Dingesとの共同研究)。眼鏡型のウェアラブル装置や非接触型の眠気計測法が国内外で開発されているが,我々が検討中の指標はこれらの装置による覚醒度計測の性能を向上させることができるようになる。また,宇宙飛行士の覚醒度低下に迅速かつ適切に対処できるようになり,宇宙探査をより安全に遂行できるようになる。