宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 62, 2014

一般演題

6. 生体信号の共分散構造分析を用いた動揺病発症検出法

井須 尚紀,加藤 幸洋

三重大学大学院 工学研究科

A detecting method of motion sickness incidence using covariance structure analysis of biological signals

Naoki Isu, Yukihiro Kato

Faculty of Engineering, Mie University

 本人が不快を自覚するのに先立って動揺病発症を検出することを目的に,生体信号の共分散構造分析による不快感推移の推定を行った。動揺病発症に伴って生体信号の変化が観察されるが,同時に緊張や興奮等の精神的変動の影響も強く反映する。本研究では,共分散構造分析を用いて不快感,緊張,興奮のそれぞれに対応する成分の抽出を試みた。
 20歳前後の健康男女23名を被験者に用いて30試行の実験を実施した。軽度の動揺病を発症させるために,3Dドライビング·シミュレータを40分間運転させてシミュレータ酔を誘起した。ここで,シミュレータで与える視野映像には仮想空間の道路幅等や視角·撮像画角が異なる3種類を用い,動揺病不快感,緊張感,興奮度の強度が異なる組合せで誘起されるように設定した。刺激開始時から刺激終了までの40分間,心電図,呼気二酸化炭素分圧および手掌部皮膚電位を1 kHzで,鼓膜温および手甲部皮膚表面温を0.5 Hzでサンプルして計測した。刺激開始時および刺激中に唾液を5分毎に採取した。また,系列カテゴリー法(0〜5の6段階)を用いて,動揺病不快感(discomfort),寛ぎ感(relaxation)および楽しさ(enjoyment)を2分間隔で回答させた。
 心電図および呼気二酸化炭素分圧の計測信号から,心拍周期,心拍周期変動係数,交感神経活動,副交感神経活動,呼気終末二酸化炭素(ETCO2)分圧,呼吸周期,呼吸周期変動係数を測定して1分毎に平均し,刺激開始直後1分間の平均を基準として変化率を求めた。手掌部皮膚電位,鼓膜温および手甲部表面温については,開始直後1分間の平均を基準として1分間平均の変化量を求めた。唾液のpH,アミラーゼ活性,Na+濃度,K+濃度,Ca+濃度,NO3-濃度を測定し,1分間隔で補間してリサンプルした。刺激開始時の測定値を基準として変化率(pHについては変化量)を求めた。心理学的測定値は1分間隔で補間してリサンプルした。3種類の刺激毎に上記16種類の生体信号の変化率(変化量)を平均し,刺激×時刻(3×40)をケースとして因子分析を行った。スクリー基準で共通因子の数を定め,一般化最小二乗法を用いて共通因子を抽出した。得られた共通因子を独立変数に用いて,動揺病不快感,寛ぎ感および楽しさの重回帰モデルを構築した。これらのモデルにより16種類の生体信号から動揺病不快感,楽しさおよび寛ぎ感の時間推移を推定し,心理学的測定値と比較した。
 3種類の視野映像のいずれを用いた場合においても動揺病不快感は上昇したが,映像の視角が小さい時に上昇は緩やかであった。映像の視角が大きい刺激では,寛ぎ感および楽しさは著しく低下した。16種類の生体信号を因子分析した結果,3つの共通因子が得られ,これら3因子による重回帰モデルを構築した。得られた因子得点係数および重回帰係数を用いて,動揺病不快感,寛ぎ感および楽しさの平均時間推移を刺激毎に推定したところ,心理学的測定値の時間推移とよく一致した。モデルによる推定値と測定値の相関係数は,それぞれ0.84,0.88,0.79であった。試行毎に求めた推定値には誤差を大きく含むことから,タイプ別あるいは個人別モデルを構築する必要のあることが示された。