宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 61, 2014

一般演題

5. 良きサマリア人の原則について その5

吉田 泰行1,中田 瑛浩2,井出 里香3,田部 哲也4,山川 博毅5

1威風会栗山中央病院 耳鼻咽喉科·健康管理課
2威風会栗山中央病院 泌尿器科
3東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
4島田台病院 耳鼻咽喉科

A consideration on the so-called “good Samaritan Principle”,-5

Yasuyuki Yoshida1, Teruhiro Nakata2, Rika Ide3, Tetsuya Tanabe4, Hiroki Yamakawa5

1Department of ENT and Health Promotion, Kuriyama Central Hospital
2Department of Urology, Kuriyama Central Hospital
3Department of ENT, Metropolitan Hospital of Ohtsuka
4Department of ENT, Shimadadai Hospital
5Department of ENT, Municipal Hospital of Hiratsuka

 【緒言】 艱難辛苦に陥っている人を助けたいとの心情は,文化·宗教·民族を越えた人類共通の考えであると思われる。出所は聖書の中に有り,キリスト教国に於いて確立されたものであると言われている。しかし実際には,文明と共に権利意識が芽生え法制度の発達と共に発展して来た訴訟社会に於いては,結果次第で訴訟に持ち込まれる為,必ずしも推奨される考え方ではないとの意見も有ると聞いている。航空機の中の様な隔離された場所での医療にも関わる本学会員として,過去数回に亙り他学会も含めてこの問題について発表して来た事をまとめて提示し,学会員諸兄の御批判を仰ぎたい。
 【今迄の経過】 第58回,59回本学会の外,第16回千葉県救急医療研究会,第33回日本登山医学会にて発表し,フロアとの討議も行って来た。
 【今迄の理論付】 法律上は,義務·権限無く他人の事柄を執り行う事を事務管理と言い,日本ではこの線に沿って法的に規定されている。一方緊急事態に対処するという点から緊急避難で規定すると言う考えもある。内閣法制局はこの解釈を取り入れているが,本来は違法性の有る事をなしても緊急時には違法性が棄却されるというのが本意であり,元来違法性の無い緊急時の人助けに適応するのは無理が有ると法曹界は考えているという。
 【現代事情】 本来の本原則からは離れるが,現代事情として次の二点をあげる事ができる。先ず訴訟社会の横行があり,原則的には免責と社会が同意しても個別の案件では訴訟の対象とされる為躊躇せざるを得ない。また新興感染症,特にエボラ熱の様な感染性の高いものには充分な診療具の揃わない状態での呼び出しには矢張り躊躇せざるを得ない現実が有る事は否めない。
 【考按】 本原則の理論的裏付けは,法的には「事務管理」で処理される。一方緊急事態を重視し,「緊急避難」で処理するという内閣法制局の見解も有るが,法理論的には初めから違法性の無い診療行為を幾ら緊急事態だからと言って違法性を阻却するという理論には無理が有ると思われる。
 また本原則とは関係ないものの現実の問題として,幾ら免責とは言っても訴訟社会に於いては個別の案件では訴訟を起こされる可能性が有り,また新興感染症として特に感染性の高いものに対処するには感染防御機材の準備には不充分な事が予想され,矢張り躊躇の一因になると考えられる。
 【結語】 良きサマリア人の原則について,今迄に発表した考案を縦覧し法的側面のみならず現実に向き合う問題点をも考慮して検討した。