宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 4, 58, 2014

一般演題

2. ラット放射線皮膚障害モデルにおける1.3%水素ガス吸入の防護効果

渡邉 定弘1,藤田 真敬2,3,石原 雅之4,立花 正一2

1防衛医科大学校 放射線医学講座
2防衛医科大学校 防衛医学研究センター 異常環境衛生研究部門
3航空自衛隊 航空医学実験隊第 2部
4防衛医科大学校 防衛医学研究センター 医療工学研究部門

Effect of Hydrogen gas Inhalation on Radiation-Induced Dermatitis and Skin Injury in Rats

Sadahiro Watanabe1, Masanori Fujita2,3, Masayuki Ishihara4, Shoichi Tachibana2

1Department of Radiology, National Defense Medical College
2Division of Environmental Medicine, National Defense Medical College Research Institute
3Second Division, Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force
4Division of Biomedical Engineering, National Defense Medical College Research Institute

 【目的】 癌患者の8割が放射線治療を受けるとされる。放射線治療による副作用である放射線皮膚障害は高頻度に発生し,時に潰瘍形成等の重篤な皮膚障害を来たす。放射線による生体への作用には,直接作用と間接作用の2つが知られているが,X線等のエネルギーの低い放射線ではヒドロキシラジカル(·OH)等の活性酸素を介した間接作用の影響が大きく約7割といわれている。2007年に水素分子が·OHを特異的に中和することが報告され,近年水素分子の抗酸化作用や抗炎症作用が注目されている。放射線障害に対する水素の防護効果が期待されており,ラット放射線皮膚障害モデルに対する水素ガス吸入の治療効果の検証を試みた。
 【方法】 10週令の雄性SDラットの臀部に直径23 mmの円形照射野を設定しX線を20 Gy照射するラット放射線皮膚障害モデルを用いた。麻酔したラットを照射テーブル上に腹臥位て寝かせ,背中に厚さ3 mmの鉛板を被せて遮蔽した。鉛板には臀部に直径23 mmの孔を空け局所的な照射範囲を設定し,1.0 Gy/minで計20 GyのX線を照射した。水素ガスは水素1.3%,酸素20.8%,窒素77.9%の標準ガスを用いた。ラットを容量約20 Lのアクリルボックスに入れ,照射前または照射後に1.3%水素ガスを2 L/minで還流し2時間吸入させた。
 放射線照射と水素ガス吸入の有無や投与時期により,ラットを1. 非照射群,2. 無治療群,3. 前治療群,4. 後治療群の4群に分類し実験した。放射線皮膚障害の評価として,(1)照射部皮膚の生体反応を経時的に観察し,障害の程度を評価した。(2)照射部皮膚の直径8 mmの全層皮膚欠損を作成する皮膚創傷モデルを作成して,創傷治癒を評価した。(3)照射部組織についてTerminal deoxynucleotidyl transferase-mediated dUTP nick end-labeling(TUNEL)染色による上皮細胞のアポトーシス評価と8-Hydroxydeoxyguanosine(8-OHdG)の免疫組織染色による酸化障害の評価を行った。
 【結果】 ラット放射線皮膚障害モデルにおいて,放射線照射直前に1.3%水素ガスを2時間吸入させた群において,放射線皮膚障害スコアの低下および創傷治癒の促進が認められた。放射線照射直後の水素ガス吸入治療では効果は認めなかった。組織標本の細胞障害(TUNEL染色)や酸化ストレスマーカー(8-OHdG染色)の低下も放射線照射直前に水素ガス吸入治療を実施した群にのみ認め,照射直後の水素ガス吸入治療では効果を認めなかった。
 【結論】 1.3%水素ガスを用いた事前水素治療によるラット放射線皮膚障害モデルに対する放射線防護効果が確認された。水素の抗酸化作用はさまざまな分野で期待されており,効果的な投与方法について検討を進めていきたい。