宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 1, 13-18, 2014

解説記事

国際宇宙ステーション医学運用とJAXA航空宇宙医師

嶋田 和人

宇宙航空研究開発機構 筑波宇宙センター

JAXA Flight Surgeon in the International Space Station (ISS) Medical Operations

Kazuhito Shimada

JAXA Tsukuba Space Center

ABSTRACT
The Medical Operations for Japanese International Space Station (ISS) astronauts are located at Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA) Tsukuba Space Center. Since its inception in 1990’s, JAXA ISS Flight Surgeons were trained in U.S., namely at Wright State Univ. aerospace medicine program and NASA Johnson Space Center (JSC). Recent Soyuz operations extended their field to Russia/Star City and Baikonur launch site. Diversity in astronaut activities requires ISS Flight Surgeons to extend their knowledge and skills not only to conventional aerospace medicine, but to cover diving operations and decompression sickness.

(Received:3 April, 2013 Accepted:13 February, 2014)

Key words:International Space Station, Medical Operations, Flight Surgeon, astronaut, JEM

I. はじめに
 国際宇宙ステーション(International Space Station, ISS)は構成モジュールの打ち上げが1998年に開始された,過去最大の宇宙プログラムである。宇宙飛行士が飛ぶことからその健康管理が欠かせない要素である。本稿ではISSの健康管理に関わる医師職について解説する。
 まず用語についてであるが,隊を組んで実施するミッションを支援する医学・医療活動を「Medical Operations(医学運用)」,その一員に指名されて支援対象がミッションに係るパイロット・飛行士である医師を「Flight Surgeon(航空[宇宙]医師)」と呼ぶことが多い。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙ミッション関連でもこれらの用語を使用している。航空宇宙医学専門医認定や航空身体検査医師の行政による指名と異なり航空宇宙医師(フライト・サージャン)はJAXAやNASAの内部指定の職名である。

II. 国際間協定
 1998年に日・米・露・欧州・カナダの5極が締結した国際宇宙ステーション協定(Intergovernmental Agreement)を基礎に,日米間の了解覚書(MOU)で日本は派遣する宇宙飛行士の医学認定に係わる作業に責任を持つこととされた。ISSに関する医学(医学研究を除く)の最上位の協議の場がMultilateral Medical Policy Board(MMPB),飛行士の医学認証の機関が毎月電話会議を行うMultilateral Space Medicine Board(MSMB),医学運用の多方面の国際調整をする場が毎月ビデオ遠隔会議を行うMultilateral Medical Operations Panel(MMOP)(Fig. 1)とその傘下のワーキンググループ,毎週の電話会議で医学運用の5極間の連絡調整をする場がSpace Medicine Operations Team(SMOT)と称され,各極の医師を中心とした委員が活動している。いずれの会議も航空宇宙医師が中心メンバーである。頻回の英語での電話会議が日本では夜間になるため時刻的な負荷が大きい。参集しての会議でも露・欧の会議の進行の習慣の違いと英露翻訳の能率に惑わされる。一定のメンバーであっても電話会議が円滑に進むようになるには1995年来,会合を繰り返して個人相互が理解しあうのに8年ほど要したという感想である。
 ISS関連では日・米・露・欧州・カナダの全極が参加する会議をmultilateral,二国間の会議をbilateralのものとして区別しているが,ISSそのものがRussian SegmentとUS Operating System(USOS,日・米・欧州・カナダの部分)に分かれていることから会合の組み合わせも単純ではない。宇宙飛行士は医学運用の対象として一塊の要素が強いため,医学運用はISSの機構の中で最も統合度が高くなっている。これは例として感染症の飛行士が出た場合のことを考えると理解しやすいであろう。
 飛行運用以外の航空宇宙医師の仕事は机上作業が多いが,国際文書の改訂に係る作業は直接医療に係る以外の環境制御や宇宙放射線の測定・防護に関するものなども含み,量が非常に多い。さらに2012年からはISSの廃棄,次の宇宙プログラムへの接続をどう計画するかの検討が国際間で開始されたため,ISSミッションだけでなく月・小惑星・火星周回ミッションもにらんでの検討を準備する必要性が出てきた。


Fig. 1. MMOP (Multilateral Medical Operations Panel) Face-to-face meeting. Shimada photo 2011.


III. JAXA航空宇宙医師の陣容
 ISS了解覚書が締結されたのは実際に運用が計画される以前の外交段階であったため,医学運用のどこまでを日本が行うのかは明記されなかった。JAXAの前身のNASDAでは日本独自の有人飛行開発も念頭に置いたようで,ISS了解覚書に対応して有人の医学運用を実施する部署を設置して医師の雇用を始めた。最初期には旧厚生省から旧科学技術庁傘下のNASDAへの派遣医系技官だけであったが,やがてNASDAの職員として航空宇宙医師を雇用するようになった。スペースシャトル,ISSの飛行運用に従事したJAXA航空宇宙医師は1992年から2012年までで9名を数える。日本政府のISSの運用予定は2020年までであるので人事は難しく採用は不定期である。2012年末時点での航空宇宙医師在籍者は4名,JAXA在籍の医師は3名の医師飛行士,研究管理担当,産業医を含め常勤総数12名である。

IV. 航空宇宙医師の訓練
 現在国内にはISSの航空宇宙医師に必要な研修項目を網羅する訓練プログラムはない。国内で臨床歴が十分ある医師がJAXAに採用された後に主に米国オハイオ州にあるWright State University(WSU)の2年間の航空宇宙修士/レジデントコースで訓練を受けてきているが,最近ではこの部分が短縮されている。加えて航空身体検査制度の理解のために米国航空局(FAA)の航空指定医師講習などを受講している。筆者はWSUプログラムに1993年から参加した。
 宇宙生理学,宇宙医学関連の臨床的必要知識は航空生理,パイロット健康管理手法とほぼ同一であり,若干宇宙に特有な生理項目がある程度である。しかし宇宙機運用は航空機運用のように共通性の高いものではなく,宇宙機に特化した打上・飛行中・着陸運用に対応するため実地研修の量が多くなる。実地研修が概ね終了したところでMSMBによるISSの共通レベル医師認定にJAXAが推薦を出すが,その後も各種個別訓練と再訓練が継続される。ISSのシステムについてはジョンソン宇宙センターの全要員向け講習によるところが大きい。一般医療訓練としては現在のところBasic Life Support,Advanced Cardiac Support,Advanced Trauma Life Support,Pre-Hospital Trauma Life Supportに加えて携行するキット内容の訓練を実施している。参考としてISS飛行士は医師飛行士でない者もヒューストンの病院救急部で気道確保,尿カテーテル挿入などを含む実地訓練を2週間行っている。JAXA飛行士も以前は参加できたが保険の制限のために現在は参加できない。
 医師免許制度が日米で異なりさらに米国での要件が変化する。USMLE Step2までの米国医師試験を通過していたのに新卒後のPGY-1(インターン相当)経歴が要求されるようになってレジデント登録ができなかった例もあり,レジデントの年数も計上できたのは筆者1名である。しかし筆者もテキサス医師の要件が申請直前に変更されてテキサス州の免許の取得はできていない。ただNASAは米連邦政府の機関であるため,NASA敷地内ではオハイオ州の医師免許が有効である。NASA医師でテキサス州の医師免許を持っていない場合もある。ISS運用では米国外の医師が飛行士の医学管理を行えるようにNASAが米行政と折衝を重ね,NASAジョンソン宇宙センター内ではNASA医師の指揮下に飛行士との医療に関する通信や診察などが行えるように環境が整えられた。
 ISS医学運用には英語による通信が可能なことが必須である。ISSの飛行士輸送がロシアのソユーズ宇宙船に依存しているため理想的には飛行士と同様,航空宇宙医師にもロシア語能力が望まれる。

V. 地上運用医学支援
 飛行士の定期医学検査は年次認定が主である。パイロットの航空身体検査とプロセスは類似している。各臓器別にJAXAではコンサルタントを用意している。日常の健康管理もあるが,年次の検査で異常が発見された場合は現役飛行士の居住地がヒューストンであることもあり,時間的余裕が少ないため作業を能率的に計画する必要がある。現在は1名の航空宇宙医師をヒューストンに常時滞在させ,飛行対応に加え,ヒューストン居住の飛行士の健康管理を実施している。
 JAXA筑波宇宙センターでは低圧環境訓練設備(航空用低圧チャンバー)と無重量環境模擬訓練設備(10.5 m深の潜水タンク)の運用があったためこれら低圧・高圧の医学支援を航空宇宙医師が実施してきた。2012年時点では前者はガラスの経年変化のため圧力制限がかかり,後者はISS日本実験モジュールの設計と手順の検証が2005年に終了した後に2011年の地震による損傷のため撤去されている。
 低圧チャンバーは運用方法の原型をNASAと同じく米空軍の圧力変化方式から取り,運用詳細は航空自衛隊のものを移植した。運用時には航空宇宙医師は被験者の症状の監視に当たる(Fig. 3)。低圧チャンバーに関してはWSUで基礎訓練があり,FAAでも生理訓練の一環として経験が可能である。
 船外活動を模擬するための潜水タンクの設置に際してはNASAの飛行士も潜水をすることからNASAの安全標準を満たすため,動脈空気塞栓対策として5分以内に米海軍表6Aの高気圧酸素治療が実施できるようにプールデッキに複室式再圧チャンバーを設置した(Fig. 4)。このチャンバーは薬事法対応の酸素加圧方式であるので,チャンバー操作員に加えて航空宇宙医師もチャンバーの加減圧操作に習熟し,筆者が東京医科歯科大学高気圧部で研修して高気圧酸素治療・潜水医学専門医(前身は高気圧治療管理医)を取得し管理体制を構築した。
 ISS飛行士は10日間の深さ15 mswの飽和潜水をNOAAの海底モジュールで行うNEEMOミッションを行うため,航空宇宙医師の知識として依然潜水医学が必要とされる。WSU研修の間に筆者と同じく米国NOAA(海洋大気局)の2週間の潜水医学医師コースを受講したJAXA航空宇宙医師や自身でレジャーとしてSCUBA潜水を行っている者もいる。
 ISS飛行士は水上サバイバルと寒冷地サバイバルの訓練をするため,航空宇宙医師はサバイバル技術の知識を要する(Fig. 2)。趣味で冬山登山をしていれば理想的であるが,最低限ゲレンデスキー環境に慣れていることが望まれる。夏季に行う水上サバイバル訓練では過去に熱中症が問題になった。


Fig. 2. Wright State Univ. resident cold season land survival training. The name of the university originates from Wright Brothers in Dayton, Ohio, U.S.A. Shimada photo 1993


Fig. 3. JAXA Hypobaric Chamber medical monitoring. Shimada photo 2006


Fig. 4. (A) JAXA Hyperbaric Chamber rescue drill. Shimada photo 2004 (B) Console operation training. Shimada photo 2005


VI. 飛行医学運用
 ISS飛行士はソユーズ宇宙船でISSと地上を往復するため,打上と着陸はカザフスタン国内での支援を行う。バイコヌール打上基地での打上支援は移動経路が長いこと,感染防止の手順が異なる点はあるが,建物の中の作業であるので基本的にはスペースシャトル打上支援と医学的には類似のものである。飛行士の荷物持ちが航空宇宙医師の作業の一つであるため積雪時に二人分のトランクを引きずりながらの移動は体力が必要である。着陸についてはステップの中の着陸地点の草原に,夏は高温乾燥,冬は積雪寒冷を考慮しながら医療用具(Fig. 6, 7)を抱えてヘリコプターでの移動を行うため,スペースシャトルのように滑走路に降りてくる運用(Fig. 5)とは様相が異なる。この際にロシア語が大きな問題となる。熱環境に対しては医療キットの輸液保護だけでなく自身調達の装具揃えにも習熟している必要がある。
 2010年6月の野口飛行士を含むソユーズ21Sの着陸(Fig. 6)から,ロシア飛行士以外はNASAのガルフストリームIIIビジネスジェット機NASA992で着陸地点に近い空港からヒューストンまで直接帰る旅程に変わった。2名の飛行士を含む9名ほどの搭乗者の中にNASAとJAXAの航空宇宙医師が3名ほど乗る。その前はモスクワ近郊の星の街に二週間ほど滞在していたのであるが,着陸後の実験測定要員を星の街へ派遣するコストが問題であった。
 機上には大量の医療機材は搭載できないが,超音波装置があるため腹部超音波診断ができることが理想である。着陸のための医療機材はほぼ医師が乗る救急車相当である。最近は米国の救急医療では気管内チューブでなく喉頭マスクやキングチューブが採用されており,ISSも気道確保はアンビュバッグマスクの次に喉頭マスクが標準である。また,輸液が確実にできるように骨髄内輸液針が用意される(Fig. 8)。
 ビジネスジェットの運航はエアラインと異なる点が多いため,空港での自己安全確保など,航空機運用についての知識が求められる。着陸地点へのヘリコプター運用についてはさらに安全のための航空知識が必要である。NASA要員は医師でもパイロットである場合が多く,JAXAの航空医師も航空運用の知識が望まれる。関連して,イリジウム衛星電話も扱うため,能率的な使用のために通信手段についての基礎的な知識が求められる。主要な電話番号を現場ではポケットに入れて持ち歩く。航空宇宙の現場では軍と同じく「通信,通信,通信」が標語である。
 スペースシャトルでは飛行中は管制官は24時間対応であった。航空宇宙医師は16時間対応を基本として状況のモニターと必要時の対応を行っていた(Fig. 9)。ISSではモジュールの管制は24時間であり,日本実験モジュール(JEM,きぼう)は筑波から,欧州モジュールはミュンヘン近郊から,NASAモジュールはヒューストンから,ロシアモジュールはモスクワ近郊から管制されている。飛行士の医学支援管制はヒューストンとモスクワで行われており,宇宙機のドッキング・アンドッキング前後を除き管制室内では航空宇宙医師が半日/平日対応,バイオメディカルエンジニア(医学運用の管制官)が16時間/平日対応を実施している。ヒューストンのJAXA航空宇宙医師は普段は1名であるので適宜必要時間帯に医学コンソールまたはモニター室で管制業務に対応している(Fig. 10)。


Fig. 5. Space Shuttle landing support. Shimada photo 2008


Fig. 6. Soyuz Flight 21S landing support. One of helicopters operated by Russian Search and Rescue agency. Shimada photo 2010




Fig. 7. Part of Soyuz landing medical kit. The pack also appears in Fig. 6. Russian Medical Operations bring in considerable amount of medical equipment. Shimada photo 2012


Fig. 8. Intraosseous Infusion (IO) training with a dummy bone. Shimada photo 2012


Fig. 9. Space Shuttle Mission Control Center Surgeon Console during STS-119 flight. NASA photo 2009
Fig. 10. International Space Station (ISS) Mission Control Center Surgeon Console. During Space Shuttle STS-123 Japanese crewmember ExtraVehicular Activities (EVA) medical monitoring. Two NASA Flight Surgeons on the left, and a BioMedical Engineer (BME) on the right. NASA photo 2008


VII. 関連学会
 ISSの医学運用については米国のAerospace Medical Association(AsMA)とその雑誌Aviation, Space, and Environmental Medicineが主要な発表の場である。日本からは近年エアラインの医学部門の参加者が激減してしまった。AsMAの関連団体として宇宙医学に特化したSpace Medicine Association(SMA)がありJAXAの航空宇宙医師も会長を務めてきている。他にヨーロッパ系のICASM(International Congress of Aviation & Space Medicine),Man in Spaceシンポジウムでも発表がある。国内では宇宙航空環境医学会,日本高気圧環境・潜水医学会など。
 宇宙航空環境医学会では専門医認定を行っている。米国の航空宇宙専門医(ボード認定)は学会ではなくAmerican Board of Preventive Medicineが,予防医学のspecialityの経歴認定・試験と航空宇宙のsubspecialityの試験を実施している。予防医学の下に航空宇宙・一般予防医学・産業医学・潜水医学が位置している。
 宇宙医学運用のテキストとしては「Principles of Clinical Medicine for Space Flight」1)が最もまとまっている。

VIII. 医学運用以外の国内作業
 JAXAにはISSの医学生物学研究部門が医学運用とは別にあるが,人員が少ないため航空宇宙医師もそれぞれの専門でISSの研究にも関わってゆく方向である。また,研究用の装置を準備する部門も別であるためこれらを横断して研究立案を効率化する必要もある。これらを実現していくために向井宇宙飛行士を長とする「宇宙医学研究センターJAXA-CASMHR, Center for Applied Space Medicine and Human Research」が2012年7月に設立された。J-CASMHRは,JAXAが施行・支援するヒト対象研究をまとめ,その成果を内外の宇宙飛行士および地上社会にミエル化して応用していくことを目的としている。

IX. おわりに
 日本が独自に有人宇宙活動をするためには航空宇宙医師を中心とした医学運用要員が必須である。要員の養成と維持の計画は有人宇宙ミッションの計画の項目中で困難度が高いものである。

文 献

1)Barratt, M.R. and Pool, S.L. ed:Principles of Clinical Medicine for Space Flight. Springer, 2008.


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