宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 103, 2013

東北宇宙生命科学研究会シンポジウム

トリチウムによる内部被ばく線量評価のための人体内水素代謝モデル

増田 毅,多胡 靖宏

環境科学技術研究所 環境影響研究部

Metabolic model for tritium internal dosimetry

Tsuyoshi Masuda, Yasuhiro Tako

Department of Radioecology, Institute for Environmental Sciences

環境科学技術研究所は,再処理施設から排出される放射性物質の環境および人体への影響に関する調査研究,情報·技術の提供などを行うことを目的として1990年に青森県六ケ所村に設立された。以来,再処理施設から放出される様々な核種の環境及び人体内での動きを調べており,それらを統合し周辺地域住民の被ばく線量を評価するモデルの開発を行なっている。また,マウスへの大規模な照射を行う施設を整備し,低線量率低線量放射線の生物影響を調べる研究を進めている。一方,2011年3月,福島原発事故によって放出された多量の放射性物質が環境中に広く拡散するという現実に直面することになり,環境中における放射性物質の分布挙動の実態解明やモデル化,被曝線量評価,さらに低線量率放射線長期曝露時の健康影響の解明など,これまで環境研の掲げてきた研究テーマが,国民の知りたい喫緊の重要課題となった。環境科学技術研究所ではこれまでの研究成果を社会に還元するとともに,福島における実態調査も行っている。本発表では,これまでの研究成果の中から我々のグループが行なってきた人体内でのトリチウムの代謝に関する研究について報告する。
 放射性物質を摂取した場合の人体への生物学的影響を表す尺度として預託実効線量(Sv)が用いられている。再処理施設については炭素14とトリチウムが安全評価上の預託実効線量の大きな放射性核種であった。一般的に,預託実効線量(Sv)は,放射性核種の摂取量(Bq)に国際放射線防護委員会(ICRP)による放射性核種の線量換算係数(Sv Bq-1)をかけて求められる。この係数は,経口摂取したそれぞれの核種について,代謝による体内分布及び排出速度並びに放出する放射線の種類等から安全裕度を考慮してICRPが放射線防護用に決めたものであり,国際的に広く用いられている。しかし,係数を求めるにあたって用いた代謝に関する人体のデータはごく限られたものであり,不確かさが残っている。データが限られるのは,人体に放射性物質を投与する実験の実施が困難であり,限られた実験や事故時のデータしか得られていないためである。先般の状況から,国内では食品中の放射能やそれによる内部被ばく線量に関心が高まっており,ICRPの線量換算係数の妥当性を確認するとともに精度を高めていくことは極めて重要である。我々は,ICRPの定める線量換算係数の妥当性確認と精度向上を目的として,炭素14及びトリチウムの代謝に関するデータとモデルに関する研究を行ってきた。実験には放射性物質である炭素14やトリチウムは用いず,それらの安定同位体である炭素13及び重水素を様々な化学形態で被験者に経口投与し,尿や呼気への排出等を測定したデータからトリチウム代謝モデルを作成した。
 本発表は,青森県からの受託事業により得られた成果の一部である。