宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 95, 2013

認定医セミナー

「航空宇宙医学における検疫,防疫,感染症防護」

1. 自衛隊における感染症防御

加來 浩器

防衛医学研究センター 感染症疫学対策研究官

Infection control in the Self Defense Forces

Koki Kaku

Infectious Disease Epidemiology Analysis and Response Officer, National Defense Medicine Research Institute

昨今の自衛隊は,着上陸侵攻対処や領海空警戒対処などのわが国の防衛をはじめ,大規模·特殊災害や患者緊急輸送などの各種災害派遣,PKOや国際緊急援助活動などの国際協力事業などといった多様な任務に対して,的確に対応することが期待されている。そのため各隊員は過酷な訓練に耐えているが,特にレンジャー訓練,航空操縦訓練,潜水訓練などは特殊な環境での訓練であり,時には海外で行われることもある。さらに即応力と自己完結力を高めるために一定の居住環境で集団生活を営んでいる。このような状態において,感染症がひとたび発生すると直接的·間接的な戦闘力低下につながりかねない。特に食中毒対策やインフルエンザ対策は重要であると言えるだろう。このような感染症への対策として隊員は,入隊時に破傷風トキソイドや麻疹ワクチンをルーチンで受けるほか,海外派遣時にはA型肝炎ワクチン,B型肝炎ワクチン,日本脳炎ワクチン,狂犬病ワクチン,ポリオワクチン,黄熱ワクチンを(必要に応じて海外から髄膜炎菌ワクチンや腸チフスワクチンを輸入して接種)や抗マラリア薬を投与されている。また医療従事者に対しては,インフルエンザワクチンを接種している。
 海外で活動する部隊にとって,派遣地域での感染症流行情報は,作戦遂行上ばかりか派遣中及び帰国後の隊員の健康管理上きわめて重要なものである。感染症疫学対策研究官は,国内外の感染症情報を解析し必要な部署に提供するというIDEA(Infectious Disease Epidemiology Analysis)活動を行っている。これは,インターネットのGoogle Mapを用いて感染症サマリーを地図情報として提供するものである。また必要に応じて現地の感染症アセスメント,熱帯病診療支援を行うほか,実際に部隊と行動(パシフィック·パートナーシップへの参加)するなどの活動を行っている。また防衛省本省や陸海空及び統合幕僚監部に対して緊急感染症情報を提供や感染症関連政策に関する提言を行っている。2011年の東日本大震災後には,2004年のスマトラ島沖津波災害時の感染症対策の教訓をもとに,岩手県において避難所サーベイランスの支援をおこなった。これは,避難所での感染症アウトブレイクの兆候を把握するために,大規模な避難所を定点としてスマートフォン配布し,その端末に症候群(呼吸器症状,胃腸症状など)の発生数を入力してもらうという方法である。入力されたデータはGoogle Mapで確認できるとともに異常な変化を認めた場合には県の委託を受けた現地の感染制御チーム(ICAT:Infection Control Assistance Team of Iwate) に通報し対応してもらうというものである。これはIDEA活動の延長として行うことができた。
 自衛隊における感染症対策に携わる人材教育は,防衛医科大学校での医学教育から開始しており,国際感染症疫学調査実習(2年生)では派遣地域と任務に応じた感染症リスクに関する情報を限られた時間内で収集させ,与えられた時間内にポイントを押さえて発表させるというものである。今後は,自衛隊の各種行動に関連した感染症疫学の課題(ダニなどの有害動物に起因した感染症のリスク評価や部隊等における感染症早期検知システムの検討など)が山積していることから,関係部署とよく連携を図りながら研究活動を行いたいと考えているところである。