宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 91, 2013

シンポジウム

「超高齢社会課題と「きぼう」日本実験棟の接点を探る─これからの尊厳ある高齢者生活の実現を目指して─」

3. 社会に役に立つ「きぼう」利用を目指して

小林 智之

宇宙航空研究開発機構

To aim the provision for the solution of societal problems through “KIBO” using

Tomoyuki Kobayashi

Japan Aerospace Exploration Agency

我が国は,これまで世界の各国が経験したことのない未曾有の超高齢社会を,世界に先駆けて迎える。「平成24年度版高齢社会白書」によれば,全国民の人口の中で65歳以上の人口が占める割合は2010年には既に23.0%であり,2020年には29.1%,2030年には31.6%となる。また1995年には8,700万人であった生産年齢人口は2030年には7,000万人に減少する。我々科学技術の一端を担う者として,この様な社会の中で如何なる役割と貢献を果たすべきかに具体的に応える責務を持っている。
 このような状況の下で,政府を始め地方自治体などが医療や福祉·介護面などの制度面からの見直しや新たな取組が鋭意なされているところであり,科学技術面での取組についても,今後直面する様々な生活環境の革新に向けた科学技術政策の下で研究開発が各研究機関や企業などを中心に取り組まれている。この科学技術成果は制度の見直しに大きく関わることもあり,単発の要素的研究開発や技術開発ではなく,総合的に組み合わせ連携された謂わば「事業」として取り組まれることになるものと推察している。
 国際宇宙ステーションに取付けられた「きぼう」日本実験棟が,超高齢社会が内包する様々な課題に対して如何なる役割を担い得るのか。その対応の一つとして今後は,我が国で取り組まれる様々な研究開発や技術開発のプロセスの中に,宇宙実験研究施設としての利用が組み込まれ,「きぼう」という世界唯一の有人滞在施設が持つ特殊な極限環境や「場」としての特徴を最大限生かし,成果創出時間を短縮·加速したり,目標達成に向けて「きぼう」でなければできないデータ取得に活用いただくことを促進することが挙げられる。
 そこで,今回筆者らが掲げた目標は『身体機能が衰えても活力が有り自立して生活する高齢者が,精神的な苦痛や日常生活の活動性低下を極力防ぎ尊厳ある日常生活を送る技術を「きぼう」 の利用を通じて実現する』 こととした。ヒトは元来 「食べて」,「排泄し」,「眠り」 を繰り返しながら生きている。この基本動作が,年齢を重ねるに従い若い頃とは違う状況になってくるのは必定である。この状況は,高度400 km上空を周回する軌道上での重力のない「場」である国際宇宙ステーションで生活する宇宙飛行士が置かれた宇宙生活とアナロガスに対応付けることが出来る。
 人間の尊厳を著しく貶める対象の一つとして,自身の排泄処理の他者依存が挙げられる。「食」と「睡眠」のマネジメントにより自立を維持し,日常生活の中で「排泄」を自ら処理できることが,高齢社会に生きる私達が目指すべきスタイルの一つである。このスタイルの追及に如何にして「きぼう」が活かせるかをこのシンポジウムを通じて探索していく。